金魚になりたい。
なまえは白い睡蓮の浮かぶ池を眺めながら、真面目な顔でそう呟いた。その池の淵、手を伸ばせば水に触れられそうな位置で膝を折って。彼女のすぐ近くの水面下を、赤い金魚が緩やかに泳ぎ去って行くのが見える。
そしたら、悲しいことだとか、辛いことだとか、そんなことを感じなくて済むと思うの。 彼女は相変わらず、水面を見つめたままでそう続けた。
「ねえ、白龍」
「なんですか?」
なまえの目が、ふっと細められる。それと同時に、口元には薄らと寂しそうな笑みが浮かぶ。そんな彼女を見て、俺は背筋が凍り付きそうな感覚を憶えた。
「水の中は、とても気持ちがよさそう」
そう言い終わるかないかだったと思う。俺は彼女の白くて細い腕を半ば強引に掴んで、睡蓮の浮かぶ池から離れた。
「なまえが魚になったら、俺が困ります」
一刻も早く、悲しいことも辛いことも、感じなくて済むような世界になればいい。そんな世界になるまで、なにも見なくても、聞かなくてもいいように、なまえの目も耳も、俺が塞いでやりたかった。