世紀末の向こう側

右の手首にある傷と清々しいくらいの笑顔が、とんでもなく不釣り合いな、これと言って特別なことはない、どこにでもいるような女だった。そんな女だったけれど、傷と笑顔のギャップの所為か知らないが、そいつはボクのなかでは、ボクのまわりで生きてる連中と違ってどこか特別だった。それは、ガキの頃から今この瞬間まで変わっていない。変わっていないどころか、一瞬でさえ揺らいだことはない。
もう10年近く経つのに、手首の傷が未だに消えないんだ。と、少しばかり寂しそうに微笑みながら呟いたのは、小雨の降る5月のことだったような気がしている。

「ねえ、トミー」

いつものように、ソファの上で足を抱えるなまえは、ボクのほうを見ずにボクの名前を呼んだ。あいつの目は、雨の降らない窓の外を見つめている。

「死ぬって、どんなのだと思う?」
「死んでみればわかるんじゃね?」
「痛いかな」
「事故死とかだったらな」
「眠るのとなにが違うの」
「もう一生目が覚めないってこと」
「幽霊って信じる?」
「アホらし」
「じゃあ、生まれ変わるのは?」
「ボクが知るワケねーじゃん」

そんなバカみたいなやりとりをしたあとで、やっとボクを振り向いたなまえは、にっこりと笑いながら、トミーらしいね、と言った。

「今のは全部、トミーらしい答えだった」
「してくる質問もなまえらしかったけどネ」

あいつは静かに微笑んだ。

「あのね、もしも、生まれ変われたとするじゃない?」
「うん」
「そしたら、私またトミーの傍にいたいの」
「ボクだってもう死んでんだろ」
「だからあ、死んで生まれ変わったトミーの傍ってこと」
「それ、もうボクじゃないじゃん」

笑いながらそう言ってやると、なまえはまた静かに笑う。

「大丈夫。ちゃんと見つけるから」
「そ。精々ガンバッテネ」

なんで死んだあとのことなんか話してんだ。死んだらもうそれっきりだろ。そう言ってやっても良かったけど、あいつがやたら自信ありげに話すもんだから。それと、心のどこかで期待してる自分がいるって、嫌でも認めざるを得ないから。なまえがそっと差し出してきた小指に、ボクの小指を絡めてやった。
まだ雨の降らない、5月のことだった。



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