いつか君に演じるさよならを言い聞かせる

※学生時代


僕のローブの襟を掴んで、僕の胸に顔を埋めて、彼女は泣いていた。初めての飛行訓練の授業で、ビルの2階相当の高さから落ち、両足の骨を折った時でさえ泣かなかった彼女が、今は子供のように泣いていた。
理由が解らない、などとはぐらかすつもりは到底ないが、その理由をどうか解って欲しいと願えるほど、僕も彼女も幼くはなかった。

「なまえ、」

できる限りのやさしい声で、彼女の名前を呼んだ。嗚咽が少し小さくなった。

「僕はもう決めたんだ。誰に何を言われようと、引き返すつもりはない」

僕が喋り始めてからずっと、小さく首を振っていた彼女は髪が乱れるほど強く首を振る。ローブを握りしめる力が強くなってきて、僕は思わず微笑んでしまう。自分でも、どこにこんな余裕があるのかと驚くばかりだ。

「行かないで、」

蚊の鳴くような声で、彼女は呟いた。底抜けに明るく気丈な彼女を苦しめているのは、他ならぬ自分自身だと考えただけで、心臓が張り裂けそうだった。

「お願いだから、行かないで……、」

彼女が僕の胸に埋めていた顔をあげる。透明な涙が、彼女の目から溢れて白い頬を伝っていた。随分泣いた所為で、目の周りが赤く腫れている。
意識するより先に、僕の右手が彼女の頬に触れていた。

「なまえ、僕と一緒に行こう? 君は有能だし、あの御方もきっと、」

僕の言葉を拒否するように、彼女は強く首を振った。何度も、何度も。
あなたの事は好きだけれど、その思想だけは理解できない。彼女に何度も言われた言葉が、一瞬頭を過って消える。
理解していたはずじゃないか。この道を選んだ瞬間に。彼女と同じ景色を見る日は来ないという事を。僕のローブを握りしめて放さないこの手を、いつか無理矢理引き剥がす時が来るという事を。

もう一度だけ名前を呼ぶ。彼女が顔をあげた瞬間、僕は涙で濡れた唇にキスをした。
右手を彼女の背中に回す途中、ローブから杖を引き抜く。とん、と彼女の背中を杖で叩く。彼女が意識を手放す一瞬に、その口から僕の名前が聞こえたような気がした。
気を失ってぐったりとした彼女の身体を抱きかかえ、ソファに座らせた。暖炉の火は燃えているけれど、それだけでは頼りないような気がして、僕は着ていたローブを脱いで、眠るように座っている彼女の上にそっと被せた。外は少し寒いかも知れないけれど、そんな事は構わない。
どちらにしても、もう僕には必要のないものだ。



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