また泣き出しそうになった

待ち合わせをしているわたしの前には、にやにやと笑う男のひとがひとり。
ひとを待っているんです、と言っても、いいじゃんそんなの、と言って聞く耳を持ってくれない。
どうしよう、と思っていると、ふいに右腕を掴まれて、ぐいと引き寄せられる。ふわりと薫る柑橘のにおい。ナミのお気に入りの香水のにおいだ。

「残念! この子の先約、私だから」

チラリと横を見ると、犬を挑発する猫みたいな笑顔のナミがいる。抱かれた肩をそっと盗み見ると、きれいにネイルの施された爪がきらりとかがやく。昨日までとは違う色をしている。
油断なく笑うナミに気圧されたのか、わたしに声をかけた男のひとは、ぶたれた犬みたいにすごすごと引き下がっていった。
その後ろ姿を睨みつけて、まったく、と息を吐き出すナミ。
ごめんね、とつぶやいたら、あんたが謝ることないでしょ、と笑われた。
笑った顔のまま、ナミはわたしの手を引いて歩き出す。
陽の光に、透きとおったオレンジ色が揺れる。いつもそこにある色。わたしのすこし先に。
どうしてか、わたしは無性に泣き出したくなった。

「わたし、強くなりたい」

すこし前を歩く、心臓を刺し貫けそうなヒールが石畳を打つのをやめた。

「なによ突然。どしたの?」

ナミはそう言って、すこし俯くわたしの顔を覗き込む。眉がすこしだけ心配そうに下がっている。

「だって、みんなきっと、わたしが弱そうだから、ああやって声をかけてくるんだと思うの」

思っていたことを素直に言葉にすると、ナミはきょとんとした顔をして、ばかね、と笑う。

「いいのよ、なまえは弱いままだって」

歩き出したナミに引かれる手は、さっきよりもいくらかやさしくて、わたしは胸がいっぱいになってしまう。それを口からこぼさないように、わたしが黙って見つめていると、ナミが振り返って、どきりとするほどきれいに笑う。

「だって私が守るもの」



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