花の逢瀬

私の手の中には花びらがあった。赤い花びら。匂いで薔薇だとわかる。
無造作にむしり取ったように、手の中に収まるそれは、私が口から吐き出したものだった。

”花吐病”。
片思いをこじらせると、口から花を吐く奇病。治療法はひとつしかない。恋を実らせる、ことだけ。

一足先に私にそう教えてくれたロビンが、みんなに病状の説明を始める。片思いとか、そのあたりの説明は省くから安心してと言われた私は、手すりに頬杖をついて海を見ていた。波は穏やかだ。でも、あのひとには波なんて関係ないんだろうな、と思ったら、喉の奥から花びらが迫り上がってくる。むせかえるような薔薇の匂い。私は手すりから身を乗り出して、海へと薔薇を吐き出す。花びらはひらひらと揺れながら、あっという間に後ろへと流されていった。
波間に漂う赤に、いっそ、私が吐き出すのが本物の血だったら良かったのに、と思う。こんな、目に見えるかたちで心の内を悟られてしまうような病ではなくて、本当に、あのひと以外には治せないような不治の病だったら……。そう考えて、私はまた花びらを吐き出した。
恥ずかしいのと忌々しいのとで、私は足音荒く甲板を横切って、みんなの輪の中へと入った。ひとりでいるよりも、みんなといたほうが余計なことを考えなくて済むと思ったからだ。私が隣に座ると、チョッパーが心配そうに見上げてきた。大丈夫だ、と微笑んでみせる。

「ある特殊な花に触れると、発症してしまうみたい」

手元の植物図鑑に目を落としながら、ロビンはそう言った。

「それ、治す方法は? もちろんあるのよね?」
「ええ。……でも、もしかしたら、少し難しいかもしれない」
「どういうことだよロビン? おれ、薬なら教えてくれれば作れるぞ!」
「この病気に薬は効かないのよ、チョッパー。残念だけど」

私のプライバシーを尊重してくれたのか、ロビンはそれ以上なにも言わなかった。ありがたいと思うのと同時に、でも結局無意味なのに、とも思った。もし仮に、あのひとに出会えたとして、私がとめどなく花びらを吐き出していたら、どう取り繕おうが何かあると気づくだろう。それに、そんなところを見られるくらいなら海に身を投げるほうがずっとましだ。
そっか、と項垂れていたチョッパーが、名案を思いついた、というようにパッと顔を輝かせる。

「でも、トラ男ならなんとかできるんじゃねェかな?!」

その名前を聞くと同時に、私はバッと立ち上がって甲板を駆け出す。後ろで誰かに名前を呼ばれたけれど、聞こえないふりをする。口を押さえた両手の間から、花びらがこぼれ落ちそうだった。私が花びらを吐き出している間にも、話し合いはどんどん進んでいく。

「なるほど!その手があったか!」
「でも、大丈夫か? ”次に会ったら殺し合い”宣言されてんだぜ?」
「大丈夫だろ! トラ男いいヤツだしな!」
「いいヤツって、お前なァ……」

そのあとも話し合いは続いているものの、どうやら私が懸念しているほうに話は流れているらしい。
相変わらず手すりにもたれたままの私の肩に、そっと手が置かれる。目だけを横に向けると、ロビンの靴が見えた。

「よかったわね、なまえ。もうすぐ会えそうよ」

ロビンは微笑みを含んだ声でそう言って、私の背中をゆっくりとさすってくれる。
私は海に向かって、さっきまでとは比べ物にならない量の真っ赤な花びらを吐き出した。



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