衝撃的邂逅※



俺には前世の記憶がある。

名前は、ギルバート・ウィザース。
ウィザース侯爵家の三男坊として生を受けた。
とは言ったものの、上二人の兄と比べれば出来損ないの存在だったように思う。
元々ウィザース侯爵家の家系は類稀なる才能を持つ人が多くおり、父であるアーネスト・ウィザースの宰相を筆頭に数多くのウィザース侯爵の血を継ぐ者達は王宮で重要ポストに収まりその力を遺憾無く奮っていた。
その中でウィザース侯爵家の三兄弟はやはり他の侯爵家よりも期待され、事実上の兄達はその期待に応えるかの如く素晴らしい才能があったのだ。
長兄のマイルズ兄様は剣の腕前が素晴らしく、名門の騎士学校を首席で入学後早々に頭角を現し、若くして王族に使える騎士の未来を期待されていた。
次兄のエリック兄様は剣の才能こそないものの、幼い頃から魔力量が多くまたその魔力をコントロールできていたお陰で魔術学校に飛び級で入学し、卒業するまでに宮廷魔術師から就職が決定していた。
二人とも分野は違えどやはりウィザース侯爵家の名に相応しい才能があったのだ。
それに引き換え俺にはなにもなかった。
剣の才能も魔術の才能もそこそこあったが上二人の兄からすれば雲泥の差で。
勉学も年の割にはあったがやはり才能とは言えず、周りからは上二人に吸い取られただの残り滓だの散々な言われようだった。
両親は早々に諦め何かに力を入れることなく兄二人とは違ってレベルの低い家庭教師を当て放置。
両親から愛されていた兄二人は俺を出来損ないだと嘲笑する毎日。
それでも前世の俺は擦れることも、悲観もしなかった。
今の俺からすれば何故悲観しなかったのだろうと首をかしげる程散々な毎日だったはずなのに、その前世の俺は確実に希望に満ち溢れていたのだ。
考えられる理由としては、幼い頃から友人と言える存在が多かったからだと思う。
今でこそ爵位の枠組みがあるものの殆ど形骸化しており侯爵家の者でも男爵家や爵位無しの異性と問題無く結婚できるが、当時は結婚となれば侯爵家ならば侯爵家以上若しくは伯爵家と固い枠組みが暗黙の了解として蔓延っていた。
万が一侯爵家が爵位無しの異性と結婚するとなれば両親からも周りからも糾弾され白い目で見られ、最悪廃嫡だ。
にも関わらず俺の周りは侯爵家、伯爵家から始まり子爵、男爵、果てには爵位無しの友人が数多く居た。
勿論子爵以下の友人に関しては両親には内密にしていたが、誰もそれを咎めたり不満を言う者はおらず寧ろ感謝されるくらいだった。
年齢層も幅広かったように思う。
下は8歳から上は…あまり覚えていないが壮年もいた気がする。
その友人の皆がウィザース侯爵家の三男坊としてではなく、ギルバートとして扱ってくれていた。
勿論中には爵位で近づいていた友人もいるだろうが、考え得る限り皆損得無しに付き合ってくれていたように思うから成る程悲観しないわけだ。
友人という存在はつくづく有難い。
多分前世の俺は、上の兄二人よりも父にだって負けない交友関係が自身の才能だと思っていたのだろう。
最期まで家族には理解されない才能ではあったが。
そのおかげで擦れる事なくともすれば兄二人よりも自由な充実的な毎日を送っていた。
そんな俺が十歳の時に転機が訪れる。
ウィザース侯爵家に養子が来たのだ。
名前をアルバート、当時八歳。
三人の子供を持ちながら更に養子などと思ったが、話を聞けばウィザースの血を引いているらしい。
詳しく説明すると父の弟の息子らしいのだが、父の弟がウィザース家にあるまじき厄介者らしく才能も無くウィザースの血を威光を笠に着て好き放題していたらしい。
そのくせウィザースの血を濃く受け継ぎ才能があった息子には嫉妬からか虐待を日常的に行い、それを庇う妻も同様に暴力を振るっていた。
虐待の内容は暴力から始まり、食事抜き、たまに食事を与えたかと思えば干からびたパンに薄味のスープだけとか、寝る場所も倉庫の湿ったカビ臭い場所に掛け布だけとか、兎に角酷いものばかりだ。
因みにこの話は後々仲良くなったアルバート、アルから聞いた内容なのだが、会った当初のアルはガリガリで痩せっぽっちで、髪も艶がなく、風呂にはウィザース侯爵家に来た時に入れてもらったのか綺麗ではあったが生気のない目を常に何かに怯えていた。
侯爵家の養子になると家族が集まる食卓で紹介されたのだが、その時のアルは声が出せずに居た。
その姿に兄二人は冷めた目を向ける。
だが俺はアルの姿よりも、あのウィザース侯爵家の父が何故今更になって養子を迎えたのかが気になった。
すると父は、先ほどの自身の弟の話を嫌悪感を隠そうともせず語った後続きを話した。
曰く、そう言った日常的な暴力が行われていたある日、妻が耐えきれず父の弟を刺し殺してしまったらしい。
その後ほとんど居なかった執事の一人に旦那を殺してしまったから騎士を呼んできて欲しい、罰は受けるから、と騎士を呼びに行かせてその後自らの命を絶ったのだと。
騎士が駆けつけた頃には屋敷には息子のアルしかいなかった。
さて、これで困るのはウィザース家だ。
由緒正しく、多くの成功者を輩出していた血筋の醜聞、大スキャンダルだ。
しかもウィザース侯爵家の当主である父の弟なのだから、父は大層焦っただろう。
生前からウィザースの名に泥を塗る行為ばかりして挙句に妻に殺されるなど下手をすればウィザースの威光が地に堕ちる。
それを恐れた父は一切の出来事を見た関係者を金で買収し、弟は病に倒れ僻地に療養後死亡したとの筋書きを書きもみ消した。
残った息子に関しては病弱だった為自身が経営する地方の領地に療養させていたが漸く回復したのでウィザース侯爵家に戻ってきたと言う設定で口裏を合わせて引き取ったのだ。
幸い父の弟は才能あるアルを嫉妬して存在自体を隠匿しており、周りは弟夫婦に子供がいるとは誰も知らなかった。
多分父も知っていたからこそそう言った設定を持ち出したのだろう。
また、父は自分自身の血筋に誇りを持っていた。
俺や弟など才能の無い例外もあるが、それ以外は須らく素晴らしい才能を持つ者ばかりだから弟の息子と言えどウィザースの血を継ぐ子ならば才能を持っているに違いないと信じて疑わなかったのだ。
だからこそ簡単に捨て置くのではなく、養子として迎え入れその才能を伸ばす選択を選んだ。
血など下らない、と思っていた俺だったが、この選択は結果として成功だった。
来た当初はガリガリで痩せっぽっちで生気のないアルだったが、父が選んだレベルの高い家庭教師の教えによりその才能は見事開花したのだ。
まず魔力量については成人男性の魔力量をゆうに越え、何とエリック兄様の倍以上を有していた。
コントロール面に関しては初めの頃は不安定であったが元々膨大な魔力量に生命を削られずに過ごしていたのだから素質はきちんとあり、加えてレベルの高い家庭教師の教えのおかげでエリック兄様よりも高度な技術を手に入れることができた。
次に剣の才能について。
これはまず筋力が無かったからか練習用の木製の剣を持つのもやっとであった為技術よりも先に筋力をつけるトレーニングを行い、その後普通の剣も軽々と持てるようになった頃漸く技術を教えてやれば、その上達スピードは目を見張るほど早かった。
元々魔力コントロールの時もそうだったが観察眼が良く物覚えもいい。
俺が何ヶ月も掛けて習得した魔術や剣術だってアルはものの一ヶ月で習得してしまうほど。
それに劣等感がなかったわけではない。
だがそれでもアルを弟して接することができたのは、あれ程剣術や魔術の覚えが良かったアルが唯一つ、人としての情緒が乏しかったからに他ならない。
どれだけ魔術や剣術を常人以上のスピードで習得して、父からは家族の一員だと認められ、周りから神童だと噂されてもアルは笑わず、常に何かに怯えている子だった。
その要因は多分上兄二人の対応もあったせいだろう。
上兄二人はお互いが違う分野での才能を開花したせいもあり仲は良かったが、そのせいで自らの才能を脅かすアルの存在が疎ましかったのだ。
才能がないとわかった俺には嫌味を言うだけで放置していたにも関わらず才能を持つアルに対しては嫌味だけでは収まらず、両親が見ていないところで暴力まで行なっていた。
そのせいでアルはウィザース侯爵家に来てからさらに内に籠るようになってしまい、暖かいベッドに多くの食事を取り身体つきは本来あるべき肉付きになっているにも関わらず前の家と変わらない環境のせいか目は依然として生気が灯ることはなかった。
だから俺はその目をどうにかしたかったのだ。
兄二人が弟を虐めるなら俺がアルを優しくしよう、そう思って俺は来た当初よりも更にアルを構い始めた。
朝早く起きるのは得意だったから家族の誰よりも先に早く目覚め、アルの部屋に行き起こすついでに朝の挨拶と軽い世間話をする。
朝食だと呼びに来た侍女の声により一緒に食堂へと向かう。
勿論この時手を引いて行くことも忘れない。
直積的な触れ合いは警戒心を解くのもそうだが、アルにとって人との触れ合いが怖いものではないと教えれるからだ。
食堂について食卓につけば家族と共に朝食を食べるのだが、上の兄二人はもう学校に入っているから食卓の場でしかアルに嫌味が言えない為いつもアルを揶揄い混じりに罵ってくる。
やれ今日も陰湿な雰囲気だとか食事が悪くなるとかもっと明るく出来ないのかとか。
たまに父が嗜めることもあるが、父もアルの自信の無い態度に思うことがあるのか大抵は聞き流している。
母も居るには居るのだが侯爵家に嫁いだ手前父に逆らうことはできないから何も言わない。
それにアルは腹を痛めて産んだ子ではないから更に無関心なのだろう。
つまり食事の場はアルにとって地獄のような時間だった。
だから俺はどうにかしてアルから自分に標的が向くように、毎日アルに何が美味しい?今日のパンは格別美味いから俺のをやる、と話しかけて自身の料理を渡してやるマナーの悪い行為をしていればまんまと引っかかった兄二人が今度は俺に嫌味を言うようになった。
内容的には才能の無いくせにとか同じ家族として恥ずかしいとかアルが来る前と同じような嫌味だったから痛くも痒くもない。
俺的には友人が多くいる才能を持ってたし才能にしか目の行かない二人こそ恥ずかしいと思ってたからな。
そうして地獄のような朝食が終われば父は王宮に兄二人は学校へ行き、漸くアルにとって心落ち着ける時間が来たわけだ。
と言っても毎日と言っていいほど家庭教師が魔術や剣術をアルに教えに来るから俺ほど自由な時間はなく、朝食後は会話もそこそこにあっという間に家庭教師連れられ部屋に戻ってしまう。
俺も家庭教師は居るのだが期待されてない為たまに来る程度なので来ない日は大概友人のところへ遊びに行く。
勿論そこでも弟が如何に素晴らしいか語るのだ。
すると俺の友人たちは俺を弟を猫可愛がりする弟馬鹿だと笑ったりするのだが、アルに対して大凡同情的な感情を持ってくれる。
だからいざアルを連れ友人に紹介しても大概は優しく接してくれるのだ。
そうやって外でもアルの味方を作りながら、夕方ごろ家に帰れば丁度家庭教師も帰る頃で其処からはアルと一緒に夕食まで過ごす。
家庭教師から習った授業内容を話してもらったり、剣で模擬試合をしたり、魔術を披露しあったり、勿論どれもアルの方が優秀なのだが、それでもその時間の間だけはアルの怯えた様子は微塵も感じることはなく、俺に対して信頼してくれるような気さえしていた。
でも夕食もまたアルにとって地獄なのだ。
学校から帰ってきた兄二人は学校で嫌な事があったのか朝食以上にアルに暴言を吐く。
父は大体仕事で夕食を一緒にすることはないせいで止めることができる者はおらず、嫌味も更に拍車が掛かる。
そこで俺が止めようとするなら俺を巻き込みながらも標的を変えることはないし、朝食で行なった標的を変える作戦を取ろうものなら怒りに拍車を掛けて酷い時には手が出る。
マナーなど無い無法地帯、まさにそんな感じだ。
だから俺は出来るだけ早く食事を終わらせ、アルにもそう伝え、食事が終わるのを見ると足早に食堂から逃げる。
兄は嫌味に夢中だったせいか半分以上残っているおかげで追いかけてくることもできない。
そうして兄二人の魔の手から弟を守りながら、漸く落ち着き寝るまでが俺の一日だった。
勿論始めた当時はアルもだいぶ戸惑ってたに違いない。
朝俺がアルの部屋に入れば自分が何かしたのだろうかとガタガタ震えていたし、俺が偶に家庭教師が居ない日に友人のところにもいかずにアルの授業を眺めていると落ち着かないのか授業に身が入らず家庭教師に叱られる場面もあった。
それでも半ば意地でアルを構い続けた。
そのせいで一時期避けられたりして悲しさから友人たちに愚痴ったりもした。
あぁ、ぶっちゃけよう。
意地だなんだと言ったが本当は弟を可愛がりたかっただけだ。
だってずっと兄二人しかいなくて愛されてもいなくて、そりゃ友人にも弟と同い年もいたけれど、やはり少しでも血の繋がってる弟の存在と言うのは特別だろう。
でも俺の弟を可愛がりたいという欲求のままに行動した甲斐もあって徐々にだが弟の態度も軟化していき、俺の前では笑顔を見せることも多くなってきた。
来た当初はギルバート兄様と丁寧過ぎる呼び名もいつのまにかギル兄さんと変わっていて。
才能でしか見ていないウィザース侯爵家の中で俺とアルだけは普通の家族らしい間柄となった。
その時からだろうか、アルが夜一緒に寝ようと部屋を訪れるようになったのは。
始めて一緒に寝たいと言ってきたのはアルが9歳で俺が11歳の時。
あと一年もすれば俺も学校に通わないといけなくなると父から言われた日だった気がする。
夜になってもうそろそろ寝るかと眠気に任せベッドに潜り込もうとした時に扉から控えめなノックが聞こえ、それと同時にアルのまだ声変わりのしていない高めの声が俺を呼んだ。
驚きながらもこんな夜更けに尋ねることも今までなかったので慌てて扉を開ければ、夜着に身を包んだ弟が不安そうにこちらを見上げている姿があった。

「どうした、アル?」

その姿になにかあったんじゃないか、とできるだけ優しく声を掛けて部屋に招き入れれば、アルもおとなしく部屋に入った。
だが入り口付近でまたもや足を止めてしまい、その不自然な行動にもう一度声をかければ。

「ごめんなさい、兄さん。本当は寝ようと思ったんだけど、その、偶に、マイルズ兄様とエリック兄様が僕の部屋に来来るんだ。だから、怖くて…」

ややあって謝罪とともに言い出しにくそうに訪れた理由を話してくれた。
だが初めて知る内容に、まさかこんな夜にまでアルに構う兄二人に驚き、慌ててアルの手を引きベッドの淵に座らせた。

「まさか何かされたのか?殴られたりは?傷はないだろうな」

そのまま何かされたんじゃないかと体を触ったり、弟の腕を捲ったりしながら傷がないか確認する。
アルは俺の行動になすがままになりながらも慌てた様子で否定するように首を振った。

「ううん、何かされたわけじゃないし、来ても寝たふりしてる。そしたらすぐ居なくなるから…」

その顔に嘘はなく一通り見たが傷もないので、本当に口だけなのだろうと漸く安心することができた。
思わずため息を吐き、よかった、と心の声が溢れたところで、何故か落ち着かないようにもじもじと体を動かす弟がいて、そういえばここに来た理由を聞いてなかったことに気づく。
すると暫く目を泳がしていたアルは俺が何も言わないことに焦れたのか、躊躇いがちに口を動かし、

「でも、今日はまだ来てなくて、いつ来るか分からなくて、来たらいつもその後寝れなくなるから、その、…兄さんさえよければなんだけど、一緒に…寝ても良いですか…?」

遠慮がちに聞いてきた。
その目は不安に揺れており、なにか耐える様に服を強く掴む姿はやけに小さく感じる。
その姿に哀れみの目を向ける。
怖い思いもすれば寝れなくなるのは当たり前だ、なのに今まで言い出せずにいたのだろうか。
今日来たのだってきっと沢山の勇気を振り絞ってきたに違いない。
可哀想な、可愛い弟。

「うん、いいよ。弟と一緒に寝られるなんて夢みたいだな」

だったら俺がすることは出来るだけ優しく微笑み、不安を消すように抱きしめることだ。
そう小さな弟を安心させるように撫でて、そのままシーツに二人で潜り込めば、隣で安心したように息を吐く弟の声が聞こえた。
やはり相当緊張していたようで、大丈夫だと伝えるように手を伸ばし背中に触れ優しく撫でて見せれば弟は照れたように小さく笑った。

「兄さん、ありがとう」

そう言って安心しきった弟は眠かったのか、漸く来た安心からか、直ぐに眠ってしまった。
そのあどけない表情に胸を痛める。
本来なら寝るときに不安など感じるはずもない。
寝れない日が来るなどあるはずもないのに。
才能があると言うだけで、周りの環境が弟を苦しめる。
何故こんな小さな子ばかり苦しむんだろう。
何故弟はいつまで経っても自由にならないんだろう。

何故俺は弟を守れないのか。

「不甲斐ない兄でごめんな」

今は穏やかに眠ってる弟を、夢の中だけは自由になるようにと自分が寝るその時まで背中を撫で続けた。




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