
なるべく足音を立てずに城内を歩く。ラウロは普段乗ってる馬に乗れない──乗ろうとしても馬舎が外にある──ので、あたしの半歩前を歩いていた。
不意にラウロの歩みが止まる。それにつられてあたしも止まった。じっと前を見てみると、フェレの騎士が賊と思われる人たちと交戦している。
響く金属音に思わず目を閉じれば、ラウロがあたしを隠すように前に立つ。
「……混戦ですね」
「不意打ちするにも突撃するのは危なそうだね」
不意打ち事態は間違った戦法ではない(正しい戦法とも言わない)けれど、人が多いのであれば話は別だ。不意打ちにより出来た隙で、後ろから刺される可能性がなくもないからだ。
そんな戦いの最中に突撃するのは、正直あまりしたくない。じゃあどうするかと聞かれれば、突撃せずに攻撃する、という方法が最適なわけで。
「……申し訳ありませんが、できますかリュナ様」
「それくらいならいくらでも」
闇の魔道書を取り出して、目を閉じながら口の中で呪文を詠唱する。あくまで、あそこで戦ってる人たちには聞こえないようにだ。
闇の気配が渦巻く。周囲の温度が下がったような錯覚に襲われるものの、そのまま詠唱を続けた。
詠唱が終わり目を開ける。ラウロは少し横にずれて待機していた。あたしの闇魔法の邪魔にならないように、という配慮なんだろう。流石、あたしの家臣だ。
「……ミィル!」
「ぐ、ぁっ!?」
放った闇は賊の体を貫く。あたしに向けられた視線を一身に受けるようにしてラウロが駆け出した。突っ込むのは、ラウロの仕事だ。
剣を手に持ってラウロが賊へ斬りかかる。あたしがその後ろで直様第二撃の詠唱を開始すれば、ラウロや騎士が取りこぼした賊があたしへ向かってきた。ちっ、面倒な。
振りかぶられる斧から視線を逸らさず身を翻す。瞬きの瞬間すら惜しくて目を見開いたまま第二撃を放ち、そのままレイピアを振り抜いた。
逃すものか。二撃目の闇魔法を避けて満足気な顔をしている賊の顔が歪む。
そうだね、この人たちから見ればあたしは闇魔法を使う、差し詰めシャーマンと言ったところか。そんなあたしがレイピアなんて翳せば、驚くのも無理はないだろう。
でも、あたしはこっちだって使える。闇魔法よりは苦手だけど。別に素質がないとかじゃあないけれど、その、どうしても。
驚きの表情を浮かべる賊の肩を狙ってレイピアを突く。突然のことに対処できなかった賊の肩にレイピアがずぶりと埋まった。
ああ、この感覚、苦手だ。この感覚が苦手で、魔法の方ばかり練習をしていたわけだけど。
肩を貫かれ使い物にならなくなった賊の手から斧が落ちる。斧の刃が廊下とぶつかって、引っ掻くような音を奏でた。
「ラウロ!」
「承知しております!」
レイピアを抜きながらラウロの名を呼べば、彼も彼で急所に傷をつけることはなく、なるべく肩や脚といった、傷つけられると戦闘不能となる場所を狙って戦っていた。
勿論容易いことではない。けどそれを律儀にこなす辺り、彼の能力の高さが伺える。本当に、あの頃≠ニは比べ物にならないくらい、強くなったものだ。
†
……どれくらい戦ったのだろう。魔道書の回数に余裕はまだあるけれど、結構な数の人たちと戦ったような気がする。
あたしたちに向かってくる敵はもういなくて、少しだけ安堵した。思わず振り向けば、沢山の賊が戦意喪失といったような顔で廊下に座り込んでいた。
これ、あとでちゃんと出て行ってくれるのかなぁ、なんて的外れなことを考えていると、先陣を切っていたラウロがあたしに歩み寄ってくる。返り血こそ浴びているものの、彼自身に怪我は見られない。
「敵将は討たれたようです、この目で確認しました」
「討たれた? ……もしかして、ロイ?」
「うん、そのもしかしてだよ」
懐かしい声がした。視線をラウロから声のした方へ流せば、そこにはエリウッド卿によくにた赤色の髪が揺れている。
少し見ないうちに大人っぽくなってるなぁ、なんて。自分の左右にアレンという赤い騎士と、ランスという緑の騎士、それにその背後にウォルトを付き従わせた少年──ロイは、戦後とは思えないほどの優しい眼差しであたしを見ていた。
「ロイ……!」
「リュナ、久しぶり。城内の戦闘、ありがとう。父上もリリーナもいるし、心配だったんだ」
「ううん、あたしにはこれくらいしかできないから……」
そうかな、なんてロイは言うけど、実際そうなんだよ。なにも言わないけれど、多分ロイには伝わった。
微妙に眉をハの字に下げて私を見るロイになんだか罪悪感がこみ上げてくるけど、嘘は言ってない。気を使ってくれてありがとう、と心の奥底でつぶやいておいた。
「……リュナ様、ロイ様。水を差すようで申し訳ありませんが、今はそれどころではないかと」
「ああ、うん、そうだね。本当はもう少し再会を噛み締めたいんだけど……」
「仕方ないよ、非常時だし……。エリウッドさんとリリーナは奥にいるから、ついてきて」
「ありがとう」
ランスさんの声にハッとして、あたしたちは言葉を交わす。踵を返せばロイがあたしについてくる足音がする。
ん? ラウロがあたしより前に出ないなんて珍しい。そう思って振り返れば、ラウロは少し冷たい目で廊下に這いつくばっている賊を見ていた。
滅多に見ない彼の冷たい視線に思わず肩を震わせた。けど、あの目をしている理由はなんとなくわかる。あの頃≠ニ同じ目だから。
「……ラウロ?」
「……すみません、先に行ってください、リュナ様。残党がいないか、確認してまいります」
「……ん、」
気をつけてね、と言えばご心配なく、と言葉が返ってきた。
『確認』の意味はなんとなくわかっていたけれど、それを口にすることは憚られて何も言えなくなる。そのままラウロから目をそらし、城内を歩き始めた。
エリウッド卿のところへ向かう途中、賊の叫び声が聞こえたのは……気のせいだと、思っておこう。
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