「父上、リリーナ!」


 フェレの城の奥。そこにエリウッド卿とリリーナがいた。さっきまであたしもそこにいたから、当然知っているわけだけど。
 二人の姿を見つけたロイは表情を少しだけ明るくして二人へと声をかける。その声を聞き届けたらしいエリウッド卿とリリーナがこちらに気づき、歩み寄ってきた。


「おお、ロイか!」
「ロイ!」


 大事にされてるなぁ、とその光景を見つめて思う。間違いなく、ロイは愛されて育ったんだ。エリウッド卿の温かな眼差しと、リリーナの熱のこもった視線。
 少なくとも、嫌われているということは絶対にない。父上の冷たいあの目を見た私だからこそ、これだけは確実に言えた。
 ……羨ましいな。
 あたしも、かつては確かに愛されていたはずなのに。いつからこんな風になってしまったのだろう。
 考えても考えても出てこないのは知っていたから、とりあえずその疑問は頭の片隅に追いやる。


「……無事でよかった」
「ロイ、遠くからご苦労だったな」


 労わりの言葉を掛け合う彼らを遠巻きに見つめていると、なんだかどうしようもない虚しさが込み上げてくる。
 ……あたしも、あんな風になれたのだろうか。どこかであたしと父上が道を間違わなければ、あんな風に言葉を交わすことができたのだろうか。

 思わずため息をつきながら、胸元で拳を握りしめる。と、胸元が熱を持っていた。何事、と思えばその熱を発しているのはあたしが普段離さず身につけているペンダントだ。
 ……ああ、これは。そう思ってふっと視線を上げると目の前に半透明の男の顔があった。普通の人なら驚いて声の一つや二つあげるのだろうけど、生憎「これ」に慣れたあたしはもうそんなことはしない。


《リュナちゅわーん。顔が険しいぜ?》
「……」


 答えられるはずもなくて、あたしはその半透明の男をぎろりと睨みつけた。
 あたしに似た金髪を揺らすその男はけたけたと笑ってからふわりと浮く。あたしと瓜二つなその男は、あたしとは違う妖しい笑みを浮かべていた。

 リューガ。それが彼の名前だ。
 それ以外は何も知らないけれど、彼はあたしと、隣国の幼馴染たちにしか見えない。小さな頃からあたしの側にいるラウロも、彼の存在は認識できない。
 あたしの精神の中に住んでいる、とは本人談。それがどこまで本当かはわからないけれど、こいつの声が体内から聞こえるような時は、あながち嘘でもないと思えてしまう。
 そんなリューガがあたしにちょっかいをかけにきた。何もないのならいいんだけど、たまにこいつは核心をつくようなことを言うから侮れない。


《どしたん、リュナ》


 ……あなたには関係ない。声に出せば怪しまれるので心の中で呟けば、リューガはほう、と小さく呟いた。心を読まれるのも日常茶飯事なので、あたしは気にしない。
 ふよふよと浮いているリューガに一瞬視線を送ったが、その半透明の姿の向こう側にラウロを見つけてしっかりとラウロを見つめる。
 あたしに気づいたラウロは小走りに寄ってきて、小声であたしに話しかけた。


「……どうなりました?」
「……あ」


 まずい、リューガに気を取られて話を全く聞いていなかった。どうしよう、どこまで話が進んだんだろう。
 うぅ、と小さく唸れば、ふわりと浮いたリューガがあたしの耳元で囁く。他人になんて聞こえないんだから、大声で言ってもいいのに、なんて思ったのは内緒だけど。


《安心しろよ、そこまで話は進んでねえから》
「え、っと、まだ、話は進んでなくて……」
「そうでしたか」


 ……ちょっかいをかけてくるくせに、きっちり話を聞いてあたしに教えるあたり、根は真面目なんだろう。真面目な幽霊なんて聞いたこともないけど、少なくともリューガはそうだった。
 ラウロもあたしの──というよりは、あたしが伝えたリューガの言葉を信じてロイ達の方を見る。


「父上に代わり、フェレの軍を率いてリキア同盟軍に参加するためですね?」


 どうしてそうなった。思わずそう突っ込みかけたけど、何か言って話を途切れさせるよりは幾分かマシだと黙って話を聞いておくことにする。
 ……それに、軍を率いるとか、リキア同盟軍だとか、あたしには口出ししていい問題じゃない気がした。あたしは所詮、部外者だ。


「うむ。知っての通り、東の大国ベルンがこのリキアの地に侵攻を開始した。
 われらは諸侯同盟の古き盟約に従い、この土地を守るための軍を出さねばならぬ」
「はい」
「まだ留学途中のお前を呼び戻すのは忍びなかったのだが、なにしろ私はこの体……。みなの足を引っ張るわけにはいかぬ」
「父上……」


 なんとなく把握できた、きがする。するだけかもしれないけど。
 この大陸は今戦乱に巻き込まれていて、それはもちろんリキアもで。そのリキアを守るためにこのフェレの軍もリキアの同盟軍に参加する、と。
 だけどエリウッド卿は病で動けないから、その代わりにロイが率いて……ってことか。

 神妙な面持ちでそれを聞くラウロ、と何故か一緒になって聞いているリューガも──この二人はあたしより頭の回転早いけど──理解したらしく、じっとロイの方を見つめている。
 ラウロが言わんとしていることはなんとなく分かる。ロイに軍の大将なんてのは早い、だ。なんせロイはあたしと同い年なわけで、過保護気味なラウロはロイをあたしと重ね合わせて、早いと判断してるのだろう。
 あの、とラウロが口を開いた瞬間、別の声が被せられる。


「エリウッドおじさま、私がロイと一緒に行きます! 同盟軍の本隊にはお父様がいるはずですし、私の魔法で少しでもロイの力になれれば」


 その声の主はリリーナだった。そっか、リキアの軍はオスティア候が率いているんだっけ。
 確かに、それならリリーナがいた方が話は早い。彼女の言い分はもっともだ。だけど、そんなこときっと、エリウッド卿が許さない。


「いや、リリーナ。お前はオスティアに戻りなさい」
「え……どうしてですか?」


 予想通りの答えに一人頷く。リリーナはリリーナであっけにとられてて、なんだか可哀想に思えてしまった。
 リリーナはロイの力になりたくて仕方がないのだろう。だけど、だけど。


「今、オスティア候はオスティアに不在なんでしょう? オスティアの民は主のいない今、きっと不安な生活を送っている……。
 オスティアの跡取り娘として、リリーナ貴女には果たすべき義務がある。……っていうことですよね? エリウッド卿」


 思わず口出ししてしまってエリウッド卿を見れば優しげな顔で頷かれる。

 ……うん、そうだ。
 主がいない地域の民は不安の中で過ごすこととなる。その最中に戦争に巻き込まれた国を、あたしは見たことがあった。
 だからこそ、あたしはそれをリリーナに伝える。彼女が跡取りとしてやらなきゃいけないことを示すために。国を捨てたあたしに、それを言う価値はないのかもしれないけど。


「安心してリリーナ、……貴女の分まで、あたしがロイの力になるから」
「リュナ王女、まさか」
「ついていかない、なんて答えは最初っから持ち合わせていませんよ」


 恩を仇で返すつもりはないしね、とラウロを見てみれば、はい、と落ち着いた声が返ってくる。
 ああ、このお転婆王女は。と、エリウッド卿の声が聞こえてきた気がしたけど、無視しておく。お転婆なんて心外ね、あたしはただ、黙って見てるだけなのが嫌なだけで。
 仕方ない、そういいながらエリウッド卿は再びロイを見る。


「ロイ、まずはベルンの国境で手配済みの傭兵団と合流しなさい。マリナスにも行ってもらおう、気は小さいが物知り故役に立つ」
「何から何までありがとうございます、父上」


 軽く、だけど綺麗なお辞儀を父に交わすロイの背中を見つめる。ああ、一年前とはまるで別人みたいだなぁ。あたしはこの一年で何が変わったのだろう。
 そんな疑問を胸に抱えたまま、ラウロの方へ向き直す。するとラウロは跪き、臣下の礼を。……まったく、ラウロもラウロだ。


「──ラウロ」
「はっ」
「そうだね……ええっと、ファヴァー王国国王が第一子、リュナ・ファノヴァールとして命を下します。
 今から我々は指揮ロイのもとに身を置き、彼の進むべき方向へ進めるよう、尽力させてもらいます。貴殿にも付いてきてもらいたいのですが、良いですね?=c…なんて」


 口調を王女として暮らしていた頃のものに戻せば、ラウロは口元に淡く笑みを浮かべる。人を煽るようなものでは決してなく、それでいて頼もしい笑顔。彼のような臣下を持てて、あたしは幸せ者だ。
 彼の一声を耳に届ければ、あたしたちの話は加速を始めるのだった。


「仰せのままに、マイロード」
「ロイ、大丈夫だ。お前ならばやれる。フェレ家を継ぐものとして、見事戦ってこい!」
「はい!」



運命は紡がれる
(運命の息吹は静かに)(しかし確かに声をあげて)

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Dear, My Doll.