
「……あの」
ロイと別部隊に置かれたあたしとシスター、エレンさん。前にいるロイたちが頑張ってるからか、あたし達の前に現れる兵士は思いのほか少なく少し暇をしていた。
そんな中エレンさんが控え目に声を出す。あまりにか細くて、注意しておかなければ聞き取れないくらいの声量だった。
どうしたのですか? そういう意味の視線を投げかけてみれば少しだけ言いにくそうに再び口を開いた。
「えっと、お名前をお伺いしても……」
「あ……、すみません、バタバタしていて名乗れていませんでしたね。あたしはリュナと言います。よろしくお願いしますね、エレンさん」
「リュナ、さま……」
名前を告げてみればぶつぶつと彼女はあたしの名前を口の中で復唱し始めた。その行動に疑問を持っていると彼女ははっとしたようにあたしを見つめる。
なにか引っかかることでもあったのかな。なんて、一応仮にもあたしは王族だ、知っていても不思議じゃないということだろう。
そしてその予感は間違っていなかったらしい。
「えっと……リュナさまは、何処かの貴族さまでしょうか? 聞いたことのあるような名前な気がして……、違ったらすみません」
「……そう、ですね。貴族というか、……その、高い身分の人間でしたけど、今は──」
《取り込み中失礼、くるぜリュナ》
「っと、ミィル!!」
頭の中にリューガの声が響いてハッとする。咄嗟に構えたミィルの魔道書を発動させてみるものの、集中してなかったから当然の如く外してしまった。
……いつの間にこんなところに来ていたの、デイン兵。あたしは苛立ちを隠すわけでもなく、ただそのままデイン兵を睨みつけた。
「おい女、そのシスターを渡せ。そうすれば命だけは助けてやろう」
「……あー、残念だけどあたし、そういう誘いには乗らない主義なんだ、ごめんね?」
口先だけの約束なんて信用できないものだと、ラウロに口を酸っぱくして言われてる。全部が全部そうだとは思わないけれど、その考え自体を否定するつもりもない。
ラウロがあたしを守るためにそう言ってくれてるのは、いくら馬鹿なあたしでもわかる。ならその教育を生かさなきゃ、ラウロに失礼だ。
……まぁ、ラウロに教えてもらわなくてもこんな状況で渡したりはしない。そこまで愚かじゃないから、ね。
じっとデイン兵を見ながら剣を抜く。確かな感触が手に伝わって、思わず息を呑んだ。
「エレンさん、あたしの目の届くところにいてくださいね」
「は、はい!」
魔道書から魔力を引き出すことも忘れない。敵の数を数えてあまり人数がいないのも確認する。前にいるロイたちがそれなりにしてくれてるんだろう。
……ということは、あたしがやるのはひとつ。
「ミィル乱発したら倒せそうだよね」
《頼むから魔道書の無駄遣いすんなよ》
「しないから安心して」
冗談を言ってみれば出てきたリューガに突っ込まれてしまった。
……流石にそこまで愚かしいことはしない。ミィルの魔道書高いし、このあたりじゃなかなか手に入らないから尚更だ。
それでも非力なあたしは、闇の力を借りなきゃならない。小さく口の中で呪文を詠唱すれば、魔力はやがて大きな闇へと変質した。
「……っ!!」
剣に闇を纏わせて、じっと前を見つめる。兵士のどよめきが聞こえたけれどそれをすべて無視して。
吸って、吐いて、吸って、吐く。ざわめく心を落ち着かせるために普段と変わらない深呼吸。それでもあたしの心は静かにならない。
戦争は、嫌いだ。
「……」
誰も動かない。空間が静かな静寂に包まれるものの、そこにあるピリッとした敵意だけは肌に刺さるほどだった。
動けば何か変わるのだろう。だけど動けなかった。変えたくない、というのが本音かもしれない。ここで変わってしまえば戦いが始まることは目に見えているのだから。
そんな静寂を破ったのは、あたしでもエレンさんでもベルンの兵士でもなく、ベルン兵士の後ろからあたしに向けてかけられた声だった。
「アンタ、フェレの人間か?」
「……!」
新手か、そう思って剣を構えるもののベルンの兵士たちもあたしと同じように槍を構えた。どうやらベルンの中まではないらしい。
かといって、油断はできないけれど。
警戒を解かずに声の方を見ていると、現れたのは若葉色の髪の毛をしたガタイのいい男の人だった。
……フェレに何の用? そういった意味の視線を投げれば彼は苦笑する。
《安心しろ、敵意はねえみたいだ》
脳裏に響くリューガの言葉に心のどこかで安心する。少なくとも、彼はタチの悪い冗談は言わないしこういう時の助言で嘘を言ったこともない。
完全に信用しきるのも危ないのかもしれないけれど、あたしにとってリューガの言葉はそれほど大きな意味を持っていた。
でも、だとしたら、何故。なぜ、フェレの人間に用があるのだろう。
そんなあたしの疑問は、彼が言った言葉にかき消されることとなる。
「フェレ軍副将のリュナだろ、ロイ将軍から聞いたぜ」
副将ってどういうことだ。思わず問いただしそうになったけれどぐっとこらえる。今はそれどころじゃ、ない。
ロイから聞いた、ということは、少なくともロイが信用に足ると判断した、ということだ。つまり、それが意味するのは。
「まさかあなた……」
「フェレ候に雇われた傭兵団の団長、ディークだ。ロイ将軍の命令で俺らはアンタの護衛をすることになった」
ああ、やっぱり。彼──ディークさんの言った言葉に納得する。
傭兵ディーク、エリウッド卿が雇った傭兵だというのなら、あたしたちの仲間だ。
傭兵は仕事だ。雇い主や依頼主のいいつけは絶対で、余程悪い奴に当たらなければ裏切られることもまずない。イコール、信用に足る、ということになる。
つまり、だ。ロイは傭兵たる彼を信用し、あたしたちを守るためにその命令を下したのだろう。まったく、過保護なんだから。
「あたしのことはいいからエレンさん……あー、シスターをお願いします」
最悪、あたしは自衛すればいい。だけどエレンさんはシスターで、戦う術をひとつも持っていない。
こんな状況なら、傭兵にエレンさんを任せるのは間違った判断じゃないだろう。傭兵団が来てくれたなら安心して背中を預けられる。
あたしの意思を汲み取ったのか、ディークさんは兵士のあいだを縫って歩き、エレンさんを庇うように立つ。その間誰もディークさんに攻撃しなかったのは、彼の気迫が凄まじいからだろうか。
真っ直ぐで、凛とした瞳が、戦場の空気を見据える。
《来るぞ》
りん、と鈴のような透き通った声があたしにだけ聞こえる。ずっとずっとあたしを導いてきたその声に引かれるように、あたしは剣を眼前に構えた。
ごうと一際大きく闇が揺らめき、剣を満たす。戦いたくはないのだけれど、そういうわけには行かないんだろうなぁ。
どこか上の空であたしはそんなことを考えながら、向かってくる兵士に向かって剣を振り抜く。
一閃、貫いた。
剣の闇は、山賊を包んで逃さない。そのせいで山賊の姿は見えなくなったものの、手には肉を貫いた確かな感触が伝わってくる。
凄惨な光景を目の当たりにすることは出来ない。しなくていい。きっとめにしてしまえば、あたしはもう戦えなくなる。そんなのって。
ぐぐ、と力を込める度に闇から呻き声が聞こえた。
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