さて、と。屋敷の数歩先に出て、一度空を仰いでみた。空気はいいのだけれど、気分はそこまで優れない。
 目線を移し、前を見る。そこにいたのはガラの悪い山賊たち。こういうのは苦手だけれど、仕方がない。エリウッド卿にこの場を任せる様に言ったのは、あたしだ。
 大きく深呼吸。もう一度前を見て、口を開いた。


「……あたしは、あたしはフェレ候よりこの場を任された者です。
 まず一つお聞かせください、あなた方が村の者を捕らえたという話は本当でしょうか」


 いつ以来だろう、人の前に出て何かを話すなんて。その、やはり王女だった頃は何かしらやらなきゃならなかったから、慣れていたけれど。旅を始めてからはそんなこと一度もなくて。ああ、今更緊張してきた。
 答えが返ってこなくて冷や汗が出てきた。どうしよう、何か間違えてしまったかもしれない。どっどっとなる心臓のあたりで拳を握り、それでも緊張を悟られないようにきっと前を見据える。
 やがて一人の男が指示をされて前に出てきた。山賊の、下っ端だろうか。


「ああ、本当だぜ。そいつの命と引き換えに金を要求したのもなァ。民を大事に思うフェレ候ならこれくらい簡単だろう?」


 びくり。大きく肩が震えた。きっと傍目にもわかっただろうけど、ここで引き下がっちゃダメなのはよくわかる。
 もう一度すっと息を吸って、言葉を紡いでいく。あたしの言葉が山賊に届くかどうかなんて、わからないけれど。


「……確かに民の命は大事です。それはあたしもエリウッド卿も重々承知しております。
 ……ですが、そのような大金はすぐに用意できるようなものではありません。どうか、どうかそのお方を離し、我々と話し合いを──」
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ! 女の命が惜しけりゃさっさと出すもんだせやァ!!」


 ……どうしよう、これ。言いたくなった言葉をぐっと嚥下して、ふっと息を吐き出した。
 下っ端の後ろを見ると、斧の鋒を向けられた女性──おそらく人質だろう──が目に入った。その人の目は怯えと懇願を孕んでいて。
 どうか助けてください。彼女が本当にそんなことを思っているのかはわからないけれど、あたしはその人の目の中に確かにそんな感情を垣間見た。

 大丈夫、大丈夫。誰にも聞かれることはないだろうけど、あたしはひとり口の中でつぶやいて自己暗示。大丈夫、あの人も、あたしも、大丈夫。
 女性から視線を外し、さらにその奥を見る。勿忘草色の何かが揺れたのを見て、あたしは一歩踏み出した。大丈夫、あたしはラウロを、信じてる。あいつの強さは、あたしが一番知っている。


「……最後に聞きますね。どうしても、話し合いはできませんか?」
「当たり前だ」
「そう、ですか。……では、失礼いたします」


 すらり、右手で一本剣を抜く。鞘と金属が擦れて独特の音が鳴った。山賊は何をしているのかわからないと言いたげにあたしを見る。わからなくていい。あたしだってわからない。
 頭の中に流れる闇魔道書の呪文。それをそのまま口に出して詠唱すれば、辺りに漂う闇の気配。剣に闇を纏わせて、あたしは真っ直ぐと前を見た。


「……民の命を守るため、少々暴力的な方法をとることをお許しください。──ラウロ!」
「抜かりはありません!」


 家臣の名前を呼べば、山賊たちの背後から現れる白馬の騎士。驚きで山賊たちの動きが止まったその一瞬、ラウロは人質を掴む手に痛撃を食らわせる。離れた人質を白馬へ乗せ、彼はあたしの方を見た。

 やったことは簡単だ。ラウロが敵の背後に回り込む間、あたしが山賊たちの気を引き寄せていただけ。
 勿論、話し合いで解決するのが一番良いことなのだけれど、そんなものが成立する確率なんてゼロに等しい。だから、あたしはラウロに命令した。彼らの後ろに回りこんで、あたしが気を引きつけているあいだに人質を取り返す算段をつけろ、と。


「……お嬢さん、大丈夫か」
「……!」
「怖いなら目を閉じていろ。……ここは我が主にお任せを」
「貴様ぁー!!」


 人質を取られ激昂する山賊に、咄嗟に闇魔法を放つ。勿論あたしに気を向かせるためだ。
 その目論見は上手くいき、盛大な舌打ちとともに彼はあたしに振り返る。今すぐあたしの方へ向かってきそうな山賊へ、牽制。


「動くな!!!」
「ッ!?」


 あたしの持てる最大の声量でこの場の空気を震わせる。声の主であるあたしにもわかるくらい、空気がビリビリと揺れた。
 竦み、止まったその姿に半ばまくしたてるよう、あたしは言った。言葉を詰まらせれば、あたしがやられる。


「動くな、それ以上動けばあたしの闇が今度は心臓を貫きます。
 ……それだけじゃない。今ここにはあなたたちが気付いていないだけで数十という兵が隠れている。
 弓、斧、剣、魔法、槍。そのどれもが、あなた達の行動を見据え、その命を狩ろうとしている。
 一瞬でもあたしたちにむかって敵意を向けてみなさい、瞬く間にそれらがお前の生を奪う」
「……チィッ!!」



──────



 これは、今から一年前の話だ。この時、あたしは僅かながら軍師としての片鱗を見せていた、というのはロイ談。
 あたしにその気は全くないのだけれど、事実これがきっかけで戦術を学んだり、……戦いの作戦を練ることになるのだけれど、それは置いておこう。

 結局、その後山賊は大人しくあたしたちに降伏し、暴れることはなかった。
 勝利、と言って差し支えはないだろう。ないだろうけれど、こんなことはもう二度とおこらないで欲しいと心の底から願った。が──。
 それから一年後、……つまり現在。そのあたしの願いは、どうせ叶わぬものと思い知ることになる。





(この瞬間あたしは戦いの沼へ)(そこも見えぬ暗き沼へ)(落ちて、堕ちて、墜ちた)
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Dear, My Doll.