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 どれくらいの時間が経ったのだろうか。
 三秒? 五秒? もしかしたら一秒にすら満たないかもしれない。
 しかし斧の斬劇を待っていたクロムにはひどく長い間構えていたように感じていた。

 だがいつまで経っても痛みは襲ってこない。おそるおそる目を開けてみると──。


「……!」
「ったく、やっぱ俺様がいねえとな!」


 斧を携えた戦士、クロムの友人であり自警団員である、ヴェイクがいた。
 先ほどまで斧を無くし、リズと共に後方にいたはずの彼が何故?
 不思議そうにヴェイクを見つめるクロムに、ヴェイクが言った。


「ミリエルがひろってくれたんだよ、俺様の斧をな!」


 ああ、あの女魔道士が。と、クロムは心の中で解決した疑問を頭のすみに追いやった。
 ここは戦場なのだ。余計なことを考えていては、先ほどのような事態になりかねないのだから。


「ヴェイク!!」


 はっとし、叫ぶ。ヴェイクが振り返るとそこにいたのはまたもや屍兵。
 なかなかどうして、コイツらは不意打ちが好きなのだろうか。
 人間味のない──というよりも、人間のような感情を持たない敵ほど戦いにくい相手などないと実感した。


「くそぉ!!」


 振り向き様に斧を振り切る。しかしそれは屍兵を掠めることすらしなかった。
 恐怖すら失っているように動きを止めない屍兵、だったが。


「甘いわよ」


 不意にあのソプラノの声。クロムの後方にいたはずのあの少女の声が、屍兵の向こう側から聞こえた。
 そして声とほぼ同時に、屍兵が崩れ落ちる。その向こう側に立っていたのはやはり。


「あれね、ヴェイクも私も……油断大敵なんて基本中の基本が成ってないわ」


 装飾が豪勢な短剣を構えて佇むフィシカだった。さっきまで後ろにいたのに、気づかないうちに向こう側にいたということは。


「……いつのまに"ずらして"たんだ?」
「ヴェイクがいるって気づいた瞬間かな。
 みんな屍兵に気をとられてたし、あのタイミングならずらすのも簡単だったもの」


 認識をずらすというのも案外手間のかかる作業なんだな、と心底思う。
 命拾いをしたクロムとヴェイクは顔を見合わせて苦笑いした。


「クロム様、ご無事ですか!? フィシカさん、貴女も……!
 油断なんてして、クロム様にまで迷惑をかけて……!!」
「あー、ごめんごめんふれでっきゅん。次からはちゃんと気を付けるからさ」


 右手を挙げて答えるフィシカの声には謝罪の感情など一切籠っていなかった。それどころか、むしろ何処か楽しんでいるようにも見える。
 と、気付く。


「フィシカ、その右腕のブレスレットは……?」
「ん?」


 彼女の右腕にはオレンジの石が埋め込まれているブレスレットがある。ネックレスやピアス、髪を結うこともしていないフィシカが身につける唯一の宝飾物だった。
 ブレスレットをするくらいなら他にも宝飾品を身に付けていても可笑しくはないと思うし、(元)義賊ならそんな目立つ光ものをつけるとは考えにくいのだが。


「ああ、これね。二年前にもらったの。初恋の人にね」
「初恋の、」


復唱しようとしたその瞬間。


(……?)


 クロムの胸の辺りに走ったのは鋭い痛みだった。しかし異変はそれ以外に存在しないし、胸に傷を負った覚えもない。
 何だったんだろう、そう思いつつ、クロムはフィシカの声に耳を傾けた。


「私、二年前にイーリスの何でも屋にちょっとした依頼をしてね。
 当時箱入り娘だった私に町を教えてくれたんだ。そんときに買ってくれたんだよねー」


 その人の髪と同じオレンジ色なんだー。と、はしゃぐフィシカを見るたびに締め付けられるクロムの胸。
 口を開こうとしても、何も言葉が出てこない。


「おーおー、フィシカにも初恋なんてあるんだな!」
「失礼ね。まあ確かに彼とは再会してないし、後にも先にもその恋が唯一だったわ」
「再会してねえのか?」


 いつの間にこんなにヴェイクとフィシカは仲がよくなったんだろう。本当に、フィシカはフレンドリーだ。


「してないなぁ。今は彼に特別な感情はまぁ、抱いてないし」
「そうなのですか? あとフィシカさん、あのソールさんはいったい……」
「いや、私は知らないわ。まぁ恋煩いでもしたんじゃないかしら。
 相手が誰かはまったく検討つかないけどねー」
「こっ!?」
「……やはりですか」


 はぁ、と大きくため息をついたフレデリクだったが、心底納得したように頷く。
 彼の目線の先では、ソールがひとり剣を振るっていた。
Dear, My Doll.