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「サンダー!!」


 少し進軍した頃に聞こえてきたのは軍師の声。
 走る稲光の後に、崩れていくのは一際大きな屍兵だった。あれがボスなのだろうか。
 沢山にいた屍兵達はその殆どが姿を消し、道に残されたのはクロムら一行だった。


「ルフレ、大丈夫か?」
「僕は大丈夫、クロムは?」
「ソールが無双してたからな……」


 ちらと後ろを見ると、そこにいるのは馬にフィシカを乗せたソールだった。
 ソシアルナイトの馬をなんだと思っているのだろう。


「……アイツは間違いなく尻に敷かれるタイプだな」
「なんのこと?」
「いや、気にするな。しかし、こんな街道にも奴らが沸くとは……」


 思わず漏れたため息。
 頭をかきむしりながら呟くクロムの表情は何処か優れない。当たり前といえば当たり前かもしれない。あんな大量の屍兵を相手にしたあとはつかれても仕方がないだろう。


「今後も、このように屍兵と遭遇することがありそうですね。用心しましょう」


 思い詰めた様に言うのはフレデリク。小さくクロムが頷いた時、ルフレは目線をソールの後方を見つめた。
 ヴィオールがソワレに殴られているのは気のせいだろうか。


「……あれ、フィシカ?」


 ルフレがフィシカに問いかける。ぶつぶつと何かを呟くフィシカはルフレの声に気づいていないようで。
 どうしよう? と考えていたらその場に居合わせたスミアがフィシカに歩み寄った。


「フィシカさん、ルフレさんが呼んでますよ?」
「うん? あ、ごめん」


 なんでスミアの声には反応してルフレの声には反応しないのか。まさか高い声の方が気づきやすいのだろうか。


「何、ルフレ?」
「いや……何か考えているようだったから」
「あー」


 わしゃわしゃと頭を掻きながらソールの馬から降りた。ソールから残念そうな声が聞こえた気がするがきっと気のせいだろう。
 紫色の絹糸のような髪が風に弄ばれ、靡く。甘い桃のような香りはフィシカから。


「……屍兵についてね」
「どうかした?」
「ええ」


 小さく呟いた後に、フィシカは視線を空中へと。紫色の髪から垣間見える金色の瞳は、何処か宵闇に浮かぶ月のようだ。


「一年前に、レストーネ大陸セルディスト王国にも屍兵が現れたの」
「!」


 空を切る視線には何処か哀しげである。と、同時に──憎しみも込められていた。
 それに気づいたのはルフレだけ。フィシカは気にせずに続けた。


「でも、街道や街には現れなかったわ。私は奴らの正体を探るために、1ヶ月前にイーリス大陸に来たの。
 何年もかけていくつもの大陸を旅するつもりだったから、案外早く手がかりを見つけれてびっくりしたけど……」


 フィシカはいったい何を隠しているのだろうか。否、本当に何も隠していないのかもしれない。
 だがしかし、ルフレが感じたのは違和感だった。

 義賊にしては、全ての言動が"おかしい"のだ。義賊には思えないような立ち振舞い、軽いように見えて意味を孕ませた言葉。
 普通の人間にはないような、雰囲気。

 その正体が何なのかを調べる術は残っていない。それでも、ルフレの心にわずかな不信感が生まれたことに変わりはなかった。



「……時間をとりすぎちゃったね。早く行きましょ、時間がなくなっちゃうわ」
「フィシカ……」
「ん?」


 聞いていいのだろうか。否、聞かなくてはならないのかもしれない。
 ルフレは意を決して、その問いを口にした。


「記憶喪失の僕が聞くのはおかしいかもしれないけど……君はいったい、何者なんだ?
 自警団のみんなに……危害を加えるつもりはあるのか?」


 ルフレの視線が鋭くなる。彼らに危害を加えるつもりなら絶対に許さないと言いたげに。
 それを聞いたフィシカはため息を一つ。そして、苦笑い。


「本当、信用されてないのね。
 ……フレデリクにも言ったけど、私はクロムや貴方達に危害を加えるつもりはない。
 危害を与えるなら昨日城にいる間に奇襲出来たはずでしょ?」
「それは……」


 言葉に詰まってしまった。確かに、クロムを狙っているならいくらでも殺るチャンスはあったはずだ。
 それなのにフィシカはそれをしなかった。それがどういうことか──明確なはずなのに。


「そうだよ! フィシカがスパイなわけない」
「ソールは少し黙ってようか。ほら、もう行こ? 日が暮れたら進軍出来ないわ」
「……うん、ごめん」


 軽く流されたソールが哀れなのは誰も突っ込まない。
 俯き加減に歩き出すルフレの頭を、クロムは励ますように軽く小突いていた。
Dear, My Doll.