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「……にしても、随分とバカでかい建物ね」


 クロムのマントにくるまりながらフィシカは小さく呟いた。
 変な格好のまま人に出くわさないか、と心配そうなルフレの視線を受けて、フィシカは少しだけ頬を膨らませる。

 見上げながら、息を吐く。
 首が痛くなるくらいの高さにある頂上を見上げて苦笑いを溢した。


「あれは……砦?」


 同じように首をあげ、それを見つめるルフレがいう。記憶を失ったルフレは、たとえこの周辺の出身だったとしても、それが何なのか忘れてしまっている。故にその疑問が口をつくのは至極当然で、当たり前のことだった。


「あれはイーリス王国とフェリア連合王国の国境に作られた長城だ」
「我々イーリスとフェリアは敵対関係にはありません。
 ただ、近頃フェリアは他国への警戒を強めているとも聞きます。
 誤解を生まないよう、慎重な話し合いが必要ですね」
「…………」


 ぶつぶつとひとりで考え込むようにフィシカはクロムのマントから体を出して口元に手を当てる。いつものおちゃらけたような態度からは想像出来ないほど、その瞳は真剣そのものだった。


「……フィシカ?」
「んにゃ? あー、なんでもないよ」


 気にしないでー。と、へらへら笑うフィシカはやはりいつも通りで。さっきの表情とは一変しているその様子に、クロムは少しだけ笑みをこぼした。まったく、見ていて飽きないやつだ。
 ……しかし、それは一瞬のことで。クロムはきゅっと口元を結んで、前を見据える。


「政治や外交は苦手だが……そうも言ってられん。今の俺たちはイーリス聖王の特使だ。失礼のないようにしなければな」
「フィシカも、いつもの態度は少しくらい控えてくれよ」
「失礼な……私だってやる時はやるわよ」


 エメリナ様の前に出た時だってまともにしていたでしょう? そう言いたげな視線にルフレははいはい、と受け流すばかりだ。良くなった姿勢を褒めるつもりは無いらしい。そもそも、姿勢が良くなっただけで褒められるような年齢でもないし。
 クロムは今一度マントを正す。先程までフィシカがいた証たる体温は、吹雪に攫われて消えていった。

 しばらく黙り、団員たちの様子を伺っていたフレデリクだが、偵察の兵士から伝えられた言葉を聞いて眉を潜めた。


「……クロム様、どうも様子がおかしいようです。フェリア国境兵は臨戦態勢に入っています」
「どういうことだ?」
「……臨戦態勢?」


 二人の会話に聞き耳を立てたらしいフィシカが小さく肩を揺らした。
 ルフレもルフレで軍師らしく、どうした、と聞きながら二人の会話に交ざる。二人共、その瞳に遊びのような光は灯っていない。


「わかりません。ですがあの様子では、何かあれば即戦闘になりかねません」
「……国境兵、イーリスも置いたらこんなにややこしくならないんだろうけどね。最低限の兵しか持たないエメリナ様の方針は勿論分かるし、否定するつもりもないけど」


 至極、もっともである。が、仮にもし国境で喧嘩なんてあってみればそれこそ外交に亀裂が走る。
 そういった意味ではエメリナのしていることも間違ってはいないのだろう。


「一応、進撃の準備をしようクロム。僕も協力するから」
「ああ、ルフレ、知恵を貸してくれ」
「じゃあ私、みんなの持ち物チェックしてくる」


 フィシカが踵を返し、ヴェイクの元へと走っていく。
 ──その後ろ姿を知らず知らずの内にじっと見つめている自分自身に、クロムはまだ気づかない。


「ヴェイクー、斧の切っ先ある?」


 そんなこと露知らず、フィシカはヴェイクに笑顔を向けて聞く。
 先日は行軍中に斧の刃を忘れてくるものだから、ミリエルに説教を喰らっていたのを知ってのことだ。
 むしろ斧の切っ先だけをなくすのはある種の才能みたいなものだが、置いておく。


「おう! そういうフィシカは大丈夫かよ?」
「ん、私? 私ならここに大量の短剣が」


 ぺろんと捲った上着の裏地にはフィシカの言う通り大量の短剣が。鞘には入ってるものの、少し危なっかしく感じる。
 相当の重さを誇りそうなものだが、フィシカはそんなことを感じさせない表情。


「い、いったい何本あるの?」


 と、首を傾げて聞くのはソール。目視では確認できないくらいな量で、どうやら少々戸惑っているようだ。
 さっきまであれを馬の上に乗せていたのか、と。


「んー、多分50ちょい?
 旅しだした頃はもうちょっとあったんだけど投げまくってたら結構減っちゃった」
「フィシカさん、重くないの……?」
「あはは、かなり重い」


 けたけた笑いながら言うものだから重くないのかと思ってしまうが、仮に一本1kgだとしても1×50=50で50kgを体に纏わせていることになる。
 それを身につけて動いてるフィシカ。いったいどういう体の構造をしているのか気になるところだ。


「フィシカさん。私が思うに、半数以上は輸送隊に預けた方が得策かと」
「……だよね」


 ミリエルに言われた一言に、フィシカは苦笑いを浮かべながら輸送隊へと向かっていった。
Dear, My Doll.