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輸送隊に不必要な短剣を預け、フィシカはひとつ息を吐き出した。雪を運ぶ冷たい風が痛い。
「……これだから嫌いなのよね、外交は」
まるでこれが初めてではない、といった口振りにルフレはフィシカを見る。
──が、そこで笑う彼女に一片の歪みもない。
聞き間違いだったのだろうか? いやまさか、そんなはずは。
と、一人問答するルフレに声がかけられた。
「どうした、ルフレ?」
「クロム……いや、なんでもないさ」
行こうか、と付け足してルフレは笑う。その笑顔は何処か張り付けたようだった。
雪を踏みしめるように、一歩を踏み出す。
「何者か!?」
突然、辺り一体に凛とした声が響き渡った。
何事、とフィシカ含め一行は声のする場所を探す。
右? 左? 否、おそらく前。しかし前には長城のみ。ということは──
「……上からなんて、随分偉そうなのね」
挑発するように言い、フィシカは視線を上に向けた。ルフレやクロムも、同じように。
砦の上には頑丈そうな鎧に身を包んだ女性がいる。目も、声と同じように凛としていた。
フィシカの挑発同然の台詞をそれ以上言わせないためか、クロムが一歩先に出る。
「フェリア国境兵だな? 俺はイーリス聖王の代理で……」
「止まれ!」
女性の声が一層強くなる。なに、と眉を潜めながらフィシカは再度女性の顔を見た。
警戒、威嚇。
どちらともつかない感情に女性の顔が染まっていく。
フィシカは小さな舌打ちを漏らした。話し合いは通じそうもないわね、と、声がする。それを聞いていたものは、誰もいない。
「それ以上近づけば、敵と見なし、攻撃する!」
「お待ちください!」
それまで黙っていたフレデリクが声を荒げた。いつもとは違う、覇気を含んだ声。
それを見るフィシカの瞳が細くなった──気がした。
「私たちは敵ではありません! 聖王エメリナ様の命を受け、交渉を行うために参ったのです!」
「イーリスだと!? なるほど、貴様らが例の賊か……!」
フレデリクが伝えたイーリスの名を女性は復唱し、憤る。
謂れのない単語──賊との言葉にクロムとルフレはおろか、見た目が賊に近いだろうヴェイクですら驚愕を隠せない。お前は、仕方ないだろう。
「賊……?」
「このところ、国境沿いではイーリスを騙る賊どもが多数出ている! 怪しい者であれば、現場の判断において戦闘を行えと命令されている!」
とんでもない命令だねえとフィシカは雪を蹴り飛ばす。飛び散った雪の白と土の茶色は、他の白に紛れていった。
「こちら方は正真正銘、聖王エメリナ様の弟君であらせられます!」
「はっ! 王族ときたか! 王族騙りは死罪だと知っているのか!?」
「はぁー……アンタの国って、隣国王子の顔も知らないの?」
「何っ!?」
女性の表情が強張る。ルフレがばか、と呟いてフィシカの腕をひこうとした──が、フィシカは身を翻してしまう。
「いやまぁ、国境を兵に任せるならその兵は隣国王子の顔くらい知ってるでしょ? それを知らないなんてなぁ、って思っただけ」
「貴様、言わせておけば!」
「だって事実でしょ? あ、図星で逆ギレしちゃったの?」
「フィシカ止めろ!」
ルフレの制止も気に止めず、フィシカは続ける。おちゃらけた様子で、しかし──冷淡に。
「王族騙りが死罪、ねえ。 イーリス王子にある聖痕が見えてないの?」
「だから我々は……!」
「それに──」
くすり、と微笑する。今までにないくらい、冷たい笑顔で。
この、笑顔。ルフレは即座にあの女性がいる場所を見上げた。
「後ろ!」
「な、」
「目に見えるものだけを捉えて=A
国を守れると思っているのなら大間違いですよ?=v
「!?」
ルフレの声に女性が振り返る。女性の声と、フィシカの声が重なった。
しかし──先ほどまでフィシカがいた場所ではなく、女性の後ろ側から。
先ほどまでフィシカのいた場所は、雪の白へと変わっていた。
「貴様、いつのまに……!?」
「これは失敬=B
貴殿の後方が空いていらっしゃったので=B」
女性は飛び退いてその後ろに現れた姿を見る。そこにいたのは──紛れもなく、フィシカ。
いつもとはまったく違う口調で、ただ淡々と。
「貴殿は国境兵の将とお見受けします=B
……ですが、将がこんなにも簡単に背後を取られるとは=B
正直拍子抜けですね、国境を守ると言うならば──=v
一歩、二歩。フィシカはゆっくりと、女性に近づく。
その横に立った時フィシカは口元から笑みを消し、小さく──しかし強く言った。
「目の前の事実、だけじゃダメだわ。物事を横から見るのだって大切なの。
命令を淡々とこなす騎士を、貴女の国は求めているのかしら」
まだ、大人とは言い難い少女の威厳。その言葉に女性は、ただ息を飲むだけだった。
純白の国へ
(ほら、後ろを取られちゃ何もできない)