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 闘技場の天井は開け放されていて、先程までの吹雪と曇天が嘘かのように暖かな日の光が射していた。
 加えて、フロアを囲むようにして存在している観客席には満員のフェリア国民たちがいる。当たり前と言えば、当たり前か。ある意味ではこれからの国の命運がかかっているのだから。

 義賊として暮らしていて、人目を避けて暮らしていたフィシカにとっては、煩わしいことこの上ない。
 しかしクロムやルフレら、合流したヴェイクらは気にかけていないようだ。……スミアはどうやら緊張してしまっているらしいが。

 リズがハッとしたように遠方の敵を見つめて指を指す。
 そこにいたのはついさっきフィシカが出会った剣士──ロンクーではなく、しかしクロムやリズ、フレデリク、ルフレ、ヴィオールとソワレ、そしてフィシカには見覚えのある人物だった。


「お兄ちゃん! あの人……!」


 その人が翻したマントが、風にはためく。
 煽られて、次第に露になっていく顔面には──パピヨンの仮面。
 決して豪勢とはいえない、しかし美しい装飾の仮面は、その人を青年にも、少女にも見せた。

 いにしえの英雄王。
 彼と同じ名前を掲げる、その人──。


「ああ、わかってる」
「……マルス」


 そう、あの森でリズを助け、屍兵を退けようとするクロムらを助けた、マルス。
 フィシカはマルスの実力を知らないし、マルスが何者かに至っては誰も解っていない。
 しかしクロムはマルスの実力を認めている。それは、ルフレや関わりの浅いフィシカですら見てとれるほど、空気を伝わってくるのだ。


「マルスと言ったな。お前に訊きたいことがある」
「…………」


 マルスは答えない。変わりに、マルスが片手に持つ刀身がぎらり、と、鈍く光った気がした。


「だんまりか、いいだろう。ならば、その剣に語ってもらおう!」
「…………!」


 フィシカやルフレが声をかける間もなく、事は動き出す。
 歩み始めたクロムと同じく、マルスも歩を進める。闘技場の中程で二人は立ち止まり、ぎっとにらみあった。


「……はっ!」


 剣を回し、構える。それはイーリス王宮に伝わる、王家の剣技。
 エメリナやリズは、賢者はシスターといった職種であるために、実質現在はクロムのみが使える技。
 ──の、はずだった。


「あ、れ……?」


 フィシカは目を見開く。王家剣技に関わりの無い者たちにはなにも分からないようだが──フィシカも関わりはないが──、フィシカには"それ"が見てとれたのだ。


「……どうしたんだい、フィシカ?」
「…………」


 フィシカが指差した先にいるのはマルス。
 それでも、大半の人間には分からなかったが──戦術に詳しいルフレだけは、フィシカの言わんとしていることが、なんとなくだが理解できた。


「……まさか」
「……多分、同じ流派の剣技よ」
「!? まさかそんなはずは!」


 声を荒げたのはフレデリクだった。当たり前といってしまえば、そうなのかもしれない。
 彼は誰よりも近くでクロムを守り支え、その剣技を磨きあげてきたのだ。
 そう簡単に、易々と他人が使えて良いものでは──ないのだから。


「! ……その剣は、まさか」


 クロムが遠方で、何か呟いた気がした。誰にも届くことのない、しかし驚きを孕んだ声。
 そして──一瞬で、世界は動き出す。


「うおおぉぉ!!」
「! 待っ……」


 ルフレの制止を気にもかけず、クロムは力強く、大地を蹴った。
 今までのどんな状況で駆け出した時よりも、強く、早く。

 まるで呼応するかのように、マルスも。二人の剣はぶつかり合い、きぃん、と甲高い音を奏でた。


「その剣技、誰にならった!!」


 二人の間のそんな会話は、ルフレやフィシカに届くことはない。ただ白熱するその試合を、傍観者のように眺めていた。

 やがてハッとしたように我に返ったフィシカは、ひとつ大きく、ぱん、と手をうち、皆の意識を現実へと引き戻す。


「ルフレ、指示頂戴、全力でクロムの援護するわ!」
「了解!!」


 ──この日以来、フィシカがいつの間にが団の精神的主柱として活躍していくのだが、それはおいおい話していこう。
 ぐっと握った短剣が、じんわりと、熱を帯びた気がした。
Dear, My Doll.