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「……」


 闘技場の中央。ルフレの命令により、フィシカは其処で1人佇んでいた。
 クロムとマルスの打ち合いに目線は集まるものの当然中央にいれば目立つわけで、多少の視線を受けつつ、フィシカは1つ息を吐き出した。


「……まぁ、広義ではこれも戦争だけどさ。……殺しあいじゃないんなら、私も少しだけ──」


 クロムの、マルスの──
 否、この会場にいる全ての人間の視線が一瞬、フィシカに集まる。
 その瞬間、だった。


「──楽しませてもらおうかな!!」


 突風が吹き荒れた。全ての人の視界を奪うような、刹那的な突風。
 フィシカを中心に吹いたその風は、勿論自然に発生したものではない。ミリエルがウィンドの魔法によって、フィシカを取り巻くように発生させたもの。これも勿論、ルフレの指示で。

 観衆も兵士も誰もが皆目を、閉じた。







「──────っうあああああああああああああああああああああああああああ!!!????」
「ひぎぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「ぎゃあああああ!!!!!!!!!!!!」


 絶叫。木霊する。
 余りにも悲痛なそれは、空間を劈(つんざ)き瞬く間に恐怖で塗りつぶしていく。
 その間に、イーリス軍は──動き出した。


「フィシカ、君、人殺しはしない主義じゃ──」
「大丈夫大丈夫急所は外してるからさー。それよりも行くわよルフレ、折角全員恐怖のどん底に落としたんだから」


 フィシカが手に握った短剣は血に濡れて赤を放っていた。踞る兵士たちの首もとにはフィシカの短剣で切ったと思われる、首を一周する深い傷。
 それでも気道や何やらを切られていないのはルフレの言っていた「人殺しはしない主義」を象徴している様子だった。

 フィシカがルフレから受けた指示は、「兵の士気を奪え」。ついでに二〜三人戦闘不能に持ち込めれば上出来、だと。
 その指示に基づいて、フィシカは兵士三人の首を"切った"のだ。

 余談にはなるが、このルフレの指示はフィシカでなければ意味がなかった。
 普段からミスディレクションと呼ばれる技術を使い、人の認識をずらしながら戦うフィシカ。
 故に、あの突風で目眩ましを行ったあの瞬間に、三人もの人間の首元を切る判断力、そして誰にもフィシカが切った≠ニいう事実を誰にも認識させずにそれを行うことができたのだ。


「しかしまぁよく考えたわねー。見えない敵──仮想の敵を作って恐怖を植え付けるだなんて」


 フィシカが切った≠ニいう事実に気づけないのはすなわち誰が切ったかわからない≠ニいうこと。
 近くの敵? 眼前の敵? 幽霊? もしかしたら──仲間?
 そんな疑問は恐怖と、疑心暗鬼を生み出す。
 その沼に嵌まってしまえば、もう抜け出せない。味方も風も空気でも、何もかもが彼らにとっては敵であるのだ。


「まぁ、いいわ」


 くすり、と笑って踞る兵士を見下す。そして一言、言った。


「ひれ伏させるのは柄じゃないけど。こうしてもらわなけりゃ、本来のあたし≠見失ってしまいそうなのよね」
「ひ、!?」


 変わった一人称と、冷えきったひとみ。感情の籠らない声でフィシカは小さくそう溢して、踵を返した。
 踞る兵士はフィシカを見上げ、後に彼女のことをこう語る。

 その姿はさながら、何処かに君臨する暴君、もしくは、復讐を決めた狂人、と──。



狂人の片鱗
(嫌いよ、戦争は)(だけど、私にはこれしかないの)
Dear, My Doll.