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「…………」


 ルフレはそんなフィシカを訝しげに思い、そして怪しんでいた。
 自分もそうだから言えた立場ではないが、何せ彼女は得体が知れなさすぎる。

 自分みたいに記憶喪失ではないのに、自分の身元をひた隠しにする。そのうえ自分に利益のない義賊活動を進んで行って、しかし初めてエメリナに会ったときいかなる罰も甘んじて受け入れようとした。

 彼女の、本当の目的はなにか。考えても、出てこない。


「なにはともあれ、これで我が国を助けていただく同盟は成立しました。すぐに国へ戻って、エメリナ様へご報告を差し上げましょう」
「あぁ」
「えー……もう少しゆっくりしていきましょうよー」


 むすっと頬を膨らませて、先程まで熱弁していたフィシカが言う。……あの時のフィシカと本当に同一人物かと、疑ってしまうほどの豹変だった。

 ──話は変わるが、フィシカがこう拗ねるのは訳があった。
 大会が始まる数刻前出会った青年、ロンクー。再び合い見えた時手合わせしようと言った彼との約束を、果たしたかったのだ。
 そんなフィシカの心配は杞憂に終わる。


「ちょっとまった。こいつを連れて行ってくれねえか」


 バジーリオが顔を闘技場出口に見遣る。釣られてそちらを見たフィシカは、瞬間、笑みを浮かべた。
 新しい玩具を見つけた、意地の悪いガキ大将のような、そんな笑顔を。


「……なーんだ。心配しなくてよかったのねー」


 現れた男。
 異様な意匠をした服、そして隙を見せまいとする雰囲気。ロンクー、その人だった。
 無表情ながら何処か楽しげなのは、フィシカと再び邂逅したからだろうか。


「ロンクーってんだ。愛想のねえ奴だが、腕は一級だぜ」
「……少しいいか、バジーリオ」


 愛想のない、と言われて不満に思ったのか。視線すらバジーリオに向けず、ロンクーは言った。
 その目が見据えるのは、ただひとつ。混じる視線が、火花を放った。

 バジーリオの返答を待たず、無言でロンクーは歩みをさらに進める。フィシカの二歩手前で止まって、黙った。


「……どうした、ロンクー? 女嫌いのお前さんが、珍しい」


 そんなバジーリオの問いかけにすら答えず、ただロンクーは無言でフィシカと視線を交わす。たまらず、フィシカが口を開いた。


「……いやはや、こんなに早く再会できるとは思ってもいませんでしたよ」
「その薄い敬語をやめろ。お前の本当の姿は、それじゃないんだろう」
「……まいったなぁ。ロンクーさん……じゃなくて、ロンクーってば、すぐに私の本質見抜くんだもん」
「見てれば分かる」


 初対面とは思えないような──実際初対面ではないのだが──やりとりに、クロムやヴィオールが少々驚いた顔をしているのが視界の端に見えた。
 もっとも、ルフレやフレデリクらは「これがフィシカだ」と呑み込んで不思議にも思わなかったらしいが。


「まぁ、これからは私らに同行するみたいだし……。よろしくね、ロンクー」
「……あぁ」
「ん、握手?」
「…………」


 握手を求めるように、ロンクーが右手を差し出す。
 口数の少ない彼の本心を見抜くのは、話術に長けるわけではないフィシカには少し難題であった。
 しかし──それは、常時ならば、である。
 こう言ってしまえばこの会話は常時の会話ではないのかと言った疑問が浮かぶのだが、少なくとも二人にとっては常時ではないのだから。
 差し出された右手に、フィシカも右手を伸ばして応えようとした瞬間。


「────っ!」


 一瞬だった。
 ロンクーの右手に鋭く煌めく銀色が、フィシカの身体を横断するように、瞬く間に、一閃を描いたのだ。
 何が起こったのか、ルフレらには分からなかった。後方に倒れていくフィシカの姿が、やけにスローモーションに見える。
 理解したとき、一斉に思い思いの言葉が、喉を劈いた。


「……ッ!?」
「フィシカ──っ!!?」
「おいロンクー!? お前、これから仲間になるっつーとこの、女殺して……!?」
「フィシカさんが、死んじゃ……っ?!」
「……よく見ろ」
「もう、勝手に殺さないでよ、バジーリオさまもリズも!」


 ついでにルフレも死ぬ間際の戦友の名前呼ぶみたいに呼ぶなよ! と付け加えて、フィシカの身体が後方へと手すらつけずに一回転。
 たんっ、と軽快な音がして、着地した。
 へら、と笑ったフィシカを、ロンクーは見つめる。それと対比するように、ルフレやクロムは安堵したような顔をしていた。


「にしても、随分本気で振り抜いたわね。本当に殺すつもり、だったのかしら?」
「そんなことをすれば、俺はただの阿呆だろう。……振り抜こうとした一瞬前、お前が避けることは分かった。だから、全力でふった。中途半端にすれば、余計に怪我することは目に見えているからな」
「にゃはは、ご名答」
「……何故分かった? 俺が、剣を抜くと」


 ロンクーが言葉を濁すと、フィシカは思い付いたように右手の中指を鳴らした。ぱちん、音が闘技場に響き渡る。


「そんな殺意振り撒いてちゃ、嫌でもわかるでしょうに」
「……なるほどな。だが──少し違う。これは、殺意ではない」
「んん?」


 二人の間で交わされる言葉。その内容を十二分に理解しているのは、おそらく当事者二人だけだろう。

 ロンクーはその仏頂面をほんのすこしだけ──否、今までにバジーリオすら見たことがないくらいに口元を吊り上げて笑い、小さく言った。



「お前みたいな奴と戦えるというのに、喜びを覚えないわけがないだろう?」
「……上等。全力で相手してあげるわ」
Dear, My Doll.