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「……流石剣のスペシャリストね、ロンクー。私の剣を一太刀も受けないなんて……」
「楽しそうなところ悪いけどフィシカ、鼻血出しながら言っても格好良くないからね」
「……うぐぅ」
フィシカはリズから手渡される布で鼻を拭いながら、ルフレの小言を一身に受けていた。
後ろではロンクーが罰の悪そうな顔をしたまま、額に流れる汗を拭いている。
はぁ、と大きなため息をルフレが漏らすと、フィシカがそれをじっと見つめてみた。
「……何?」
「にゃはは、なんだかんだ言って心配してくれるんだなぁって思ってさ」
「…………」
「痛い痛い痛い痛い痛いルフレ待って痛いルフレルフレ痛いってば無言で逆海老しないで痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!」
フィシカのそんな叫びむなしく、ルフレはひたすらにフィシカの足を太股の関節が軋むほどに背中側へと曲げてしまった。
ギシギシと骨と関節が音を立てている気がするが、多分気のせいだろう。
……本当は照れ隠しだ。態度では彼女を邪険に扱ってはいるものの本当は、フィシカを心配に思っていることなんて──悟られたくなかったから。
「リズ、フィシカにライブ、お願い」
「えっ!? うーん……いいんだけどルフレさん、逆海老? をかけながらライブかけても多分、意味ないと思うんだけどぉ……」
「鼻血止まる程度でいいから」
「ギブギブギブギブ痛い痛い無理ぎゃあああ」
騒ぐフィシカが鼻血を出しているのは、ロンクーとの手合わせに原因があった。
それは、数分前のことに遡る。
──────
「……!」
大地を蹴り、フィシカは高らかと宙へ舞った。あまりにも早い動きで一瞬、見失いそうになるほど。
しかしロンクーの双眸はまばたきすらせずに、その動きを一秒たりとも見逃すまいとしている。
「はぁぁぁっ!!」
上空から降り下ろされる、残酷なまでに美しい刃の輝き。ロンクーはそれを咄嗟に判断し、自分自身と言っても過言ではない剣で受け止める。
きいん、と鋭利な金属音が闘技場全てを震撼させた。
「ふふっ」
目の前にいる強者は、少女の姿をした龍のような存在は、口元を愉悦に歪めて、美音を奏でながら艶やかに笑う。
そしてロンクーは瞬間、気づく。
彼女は"ここ"にはいない――と。
フィシカはおそらく得意の技法で行方を眩ましている。
自分を負かしたマルス──ロンクー曰くあの時は身体が動かなかっただけである──とクロムが戦っている最中、周りの、言葉は悪いが雑兵を恐怖の底へと突き落としたフィシカを、ロンクーはあの時あの瞬間あの場面でただ一人、まばたきひとつすることなく、じっと見つめていた。
故にロンクーはこの技法のトリックを見破っている。だからこそ勘づき、剣を振るうために右腕を引いたのだ。
そして。
「ぷぎっ!」
「!?」
ごんっ、と鈍い音がして、ロンクーの右肘に衝撃が走る。
一瞬何が起こったか理解出来なかった。が、理解した後のロンクーは今まで以上にひきつった顔をして振り向く。
「ま……まさか肘拳がとんでくるとは思わなかっ……」
「フィシカ鼻血ーッ!!」
あろうことか、ロンクーの右肘がフィシカの顔面にクリーンヒットしたようである。
フィシカは鼻を手で押さえているがその下からは赤い液体がボタボタと零れ落ちた。どうやら鼻をやってしまったようだ。
ルフレの声が響いて、闘技場の緊迫した空気が幾分か震えた。にわかに騒がしくなる。
「その……すまん。まさか入るとは思わなかった……」
「フィシカさん大丈夫!? これで鼻血拭いて!!」
リズが慌てて駆け寄り、布切れを渡す。
遠くで少しだけ呆れたような笑顔を浮かべるのはクロムで。
ヴィオールが目を背けているのは多分気のせいではない。スミアは心配そうにあたふたしているし、ミリエルは興味深そうにフィシカの鼻血を見つめている。
なんと賑やかな自警団だろう、と改めてルフレはそう感じた。
こんな呆気ない幕切れとなってしまった二人の手合わせ。
そして話は冒頭にもどるのである。