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「ぐぅぅ……止まらないぃ……」
「……すまん」
鼻から流れ落ちる血をひたすら拭く。しかしそんな行動むなしく赤い滴は闘技場の床を濡らしていった。
はぁ、とクロムがため息をつく。が、フィシカはそんなこと構っていられない。
「兎も角、一度イーリスに帰ろう。姉さんに報告をして、そのあとのことはその時に考えるぞ」
「別にそれはいいんだけどさぁ、ろんきゅんが折角同行してくれることになったのに、そんなのでいいの?」
「……ろんきゅんは止めろ」
「……ロンクーも、ヴィオールにしたってそうでしょ? 別の国の人がわざわざ自警団に参加してくれてるのに」
何故フレデリクはふれでっきゅんで通っているのに、ロンクーのろんきゅんはすぐにやめたのだろう。ルフレの脳裏にそんな疑問が過ったが正直どうでもいいので黙っておいた。
しかしフィシカの言うことも一理、あるにはある。ロンクーやヴィオール、それに彼女は口にしなかったが、フィシカ自身も他国の人間。
そんな人間がイーリスの、しかも民間の自警団に、ロンクーは自主的にですらなく入るというのに、そういう扱いは如何なものかとルフレは思案した。
が、クロムはそんな心配を一蹴する言葉を投げ掛けた。
「俺たちが姉さんに報告をしている間、皆には城下町の警備をしてもらう。指揮は……そうだな、ソールとソワレに任せよう。頼めるな?」
「ああ、勿論さ」
「えっ僕も?」
不安そうに首をかしげるソールをまっすぐと見つめてクロムは小さく頷いた。理由は簡単なもので、この二人が一番イーリスを知っているから。
それを汲み取って、ソールも頷く。できるかどうか分からないけど、頑張ってみるよ──と。
「さぁ、兎に角一度帰ろうか。きっと姉さんが報告を待っている」
「……ねえルフレ、クロムってさ」
「言わなくていいよ、フィシカ?」
「シスターコンプレッ」
「みなまでいうんじゃない」
思ったことをそのまま口にすれば全力で止められる。まったく、なんて不条理な世界なんだっ! そんなことを口に含みながらフィシカはキョロキョロ視線を動かす。
その姿はブレスレットを探す彼女の姿と重なって見え、ルフレは少し怪訝な顔をしながらフィシカに問いかける。
「……今度はどうしたの、フィシカ?」
「んあ、ロキ何処にいったのかって思って」
「ロキ?」
どこかで聞いた神話と同じ名前を出されてルフレは思わず疑問符。
あー、言ってなかったねえ。そう呑気に言いながらフィシカはルフレを一度見直した。
「あの剣の名前。ほら、特別な武器には名前があるのが相場じゃん?」
「相場かどうかは知らないけど……。その剣ならロンクーが持ってるよ、ほら」
ルフレが指差した方にいるロンクーは剣──ロキを興味深そうに見つめていた。
流石剣のスペシャリストといったところか、ロキを見るロンクーの眼差しはロキに負けないほど鋭い。
「ロンクー、それがどうかした?」
「! ……鼻血は止まったのか。……それよりも、この剣はお前の身体に合っていない、なるべく他のものを使え」
「えっ?」
「柄と刃の重さの比率が女が扱うには少し酷になっている。……俺が近づけると言えど貴様も女だろう、あまり身体に負担をかけるような戦い方はやめておけ」
「…………」
今まで以上に饒舌になったロンクーを、フィシカは驚いたように見つめる。
少したじろぎつつロンクーも一度見つめ返してみるも、やはり慣れていないのかすぐに目をそらしてしまい、そのまま言葉を紡ぐ。
「……なんだ」
「ううん……ただ、ロンクーって私を女として見てないって思ってたから、少しだけ……嬉しくて」
はにゃ、とはにかんでしまう。フィシカ自身だらしない笑顔だろうな、とは思ったが自然と溢れた笑みなので仕方がない。
そんなことを思っているといつの間にかロンクーが離れていってしまった。
「え、ロンクー?」
「ち、近づくな。その顔を見せるな。
あと一刻は近づくな、頼む、女の顔をするな……っ!」
「女の顔ってなに、ナチュラルに酷くない!?」
フィシカも女なんだから女の顔は常にしてるものじゃないのか、なんてクロムはそれを見て苦笑いをした。
また、じくり≠ニ焼かれる痛みを堪え忍ぶように、まるで誰にもこの痛みを悟られまいとしているように。
(──痛い)
いつになったら、クロムはその正体に気づくのだろう。