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──イーリス城下町──


「ボクらについてきてよかったのかい?
きみはあの場にいることを許されているんだろう? なにも、無理してボクらの警備に付き合うことはなかったのに」
「そうだよ、怪我でもしたらどうするのさ? 今はリズだって王都にいるんだから、ライブの杖も使えないし……」


 ソワレがフィシカに言うと、ソールも同調しつつ言う。対して当の本人はすぐそこの店で買った砂糖菓子を咥えて、ロンクーに近づけるかどうか試みているようだった。
 その体制を崩さぬまま、フィシカはソワレらに語りかける。


「私王宮ってきらーい。そりゃフェリア王……フラヴィアとの謁見とか、一番最初にエメリナに会うときは我慢したけどー」


 必要ないなら行きたくない。そんな言葉を飛ばしながらロンクーに飛び付いてみる。見事に避けられてしまったが。
 苦笑しながら、ソワレはフィシカの言葉の"違和感"の正体を疑問として口にした。


「フラヴィア様は兎も角、聖王様まで敬称略なんだね」
「あっはは、弁えてはいるけど身分階級制度とか、王宮よりも大っ嫌い。本人いない前だと悪口も敬称略だって出来るわ。……とりゃーっ!!」
「やめろ、離せ、近寄るな! ……いや近寄ってもいいが引っ付くな! いくら貴様と言えど女は女だ!!」
「けちー」


 ぶーすか。そんな態度を取るフィシカにソワレは父のような笑顔を浮かべる。対してソールは面倒見のよい母のような雰囲気でそれを見守っていた。性別が逆転している気がしなくもない。


「……?」


 一瞬だけ、ピリッとした空気が流れる。それに真っ先に気づくのは本来ならルフレだったのだろうが、生憎ここにルフレはいない。
 代わりと言っては語弊があるが、それに気づいたのはヴィオールだった。その空気を発するのは恒例となりつつある、フィシカ。


「どうかしたかね、フィシカ君」
「……いや、可愛らしいアクセサリーショップに、随分似つかわしくないお客様がいると思って。にゃは、ソワレ、ちょっと見てくるね」


 そう言いながらヴィオールのスカーフをちょいちょいと引っ張る。
 暗に着いてこいといっているのだろう、「欲しいものは自分で買ってくれたまえよ」なんて言うが、ヴィオールの顔にふざけたような表情は見受けられない。それに気づかないソワレが一言。


「まったく、きみは観光気分かい? 別に厳しくするつもりはないけれど、気はひきしめて……」
「にゃはは、大丈夫大丈夫、気はちゃんと引き締めてるよ。──ねえ、オニーサン?」
「な……っ、」


 フィシカがアクセサリーショップの店先にいた男の肩を掴む。勿論男は驚き、フィシカの手を振り払った。


「な、なんだあんた……っいきなり人の肩掴むなんて……」
「イーリス自警団の者なんだけど。今ここで勘定せずに懐に入れたもの、出してくれる?」
「えっ?」


 ソールが驚きに満ちた声をあげる。
 意味を含まないそれが男の耳に届いたとき、事態は急変。男がフィシカを振り払い、駆け出そうとした。


「ヴィオールッ!」
「任せたまえ」


 弓を構える。勿論実戦用ではないが、戦いを知らない一般市民にはそれを見ただけで怯んでしまう。


「ひ、い」
「あんまり逃げない方がいいと思うよ、オニーサン。素直に認めた方が、罪も軽くなると思うんだけど? ……って元盗賊には言われたくないか」


 フィシカにゃはははー、と笑いながら指を伸ばし、男の胸ポケットを探る。
 其処から出てきたフィシカの白い指先には、凡(およ)そ男が買ったとは思えない可愛らしいアクセサリー。
 それを男の前に掲げ、フィシカはその場の雰囲気に似合わぬほどの満面の笑みを見せた。


「さ、もう言い逃れは出来ないよ? そりゃあね、ここの店主が違法貴族なら私だって同業者だからキツくは言えないけれど。そうじゃないなら、私だって善と悪の区別くらいキチンとつける。
 だから、ね? ちゃんと認めなよ。認めて店主に返してきなさい。貴方の処分はその店主に任せましょ」


 良いよね、とソールを見てみれば彼は少し戸惑って曖昧に笑った。彼は忘れていたが、そうだ、フィシカは盗賊なのだ。
 そんな彼女が盗みを取り締まるのは、彼女自身よろしくないと思ったのだろうか。

 ソールに代わってソワレがフィシカに頷いた。
 ありがとー、小さくそう呟いてその男を店の中に追いやった。


「……あっ──?」


 フィシカの鼻腔を擽る甘い香り。数年前に嗅いだことのあるような匂い。懐かしい薫りに振り返った。そこにあったのは、杏色。
 あの──、と、紡ぎかけてそれは阻まれる。

 見覚えのある蒼い男が、王宮の方から急ぐように向かってきていた。


「……クロム? どうかしたの、そんなに急いで」


 極めて冷静に、フィシカは向かってきたクロムに問いかける。
 しかしクロムのその顔には、焦りだけが浮かんでいた。


「皆、出かける準備をしてくれ。マリアベルが、連れ去られた」




盗賊少女の持論
(焼き菓子の香りは私の記憶を呼び起こす)(だけどもそれに浸る暇はないようだ)
Dear, My Doll.