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 フィシカは険しい雰囲気を纏いながら、自警団として行軍していた。

 マリアベルが連れ去られた──
 クロムから伝えられたこの情報は、自警団団員に少なくない衝撃を与えた。
 自警団員マリアベルの誘拐。否、貴族マリアベルの誘拐というだけでイーリスは憤慨してもおかしくない。それが隣国ペレジアの仕業であるのだから、尚更。

 しかしエメリナはそうはしなかった。
 逸るクロムやフィレインを抑え、話し合いで解決せんとしている。そのために自警団とエメリナ、そして護衛の面々はイーリスとペレジアの国境へと向かっていた。


「……争いは嫌いだけど」


 場合によっては致し方ないのかもね。
 小さく呟いてから、むすりと頬を膨らませてその場に居直った。
 ルフレが大丈夫かい、と聞けばとても大丈夫ではなさそうな顔で大丈夫よ、と返す。それ以上なにか問うのは流石に野暮かと、ルフレは口を噤(つぐ)んだ。

 やがて国境付近にいくと、少しの人が一ヶ所に集まってるのが見えた。
 明らかにイーリスとは違う雰囲気を醸し出している彼らは、恐らくペレジア人だろう。

 フィシカが先行してペレジア人の前に出る。勿論、護衛の意だ。
 続いてエメリナ、クロム、リズ、ルフレ、フレデリク。少しだけ大所帯になってしまっている。


「おおう、これはこれは。ご丁寧に、聖王様自らおいでとは」


 ペレジア人の中でも一際禍々しい様相の男が一歩前に出て嫌みったらしく言う。
 フィシカは瞬時に察した。この男はイーリスを嵌めようとしているのだ、と。
 睨みそうになるのを、まだ残っている理性で抑え込む。しかしながら、もうすぐ自分の中に溜まった怒りや悲哀に近いものが爆発しそうなことには代わりない。


「ペレジア王ギャンレル殿……。この度の件、ご説明をいただけますか」


 エメリナも負けじと対抗する。しかし対応したのはペレジアの王らしき男──ギャンレルではなく、妖艶な薄い笑みを浮かべる白銀髪の女性だった。


「それについては、私から説明いたしますわ」
「あなたは?」
「インバースと申します。以後、お見知りおきを」


 一礼し、また笑う。インバースという女はそのまま胸元に手をおいて、優雅に立っていた。
 フィシカはその姿をじっと見つめ、息を吐く。叫びそうになるのを抑えるため、といったように。


「……マリアベルは無事なのでしょうか?」


 ひどく心配した様子で、エメリナがマリアベルの名前を口にする。眉をハの字にし、ほんの少しだが怯えすら窺える。
 しかしそんなエメリナとは対極的に、ギャンレルは卑しく唇に弧を描かせた。


「んん〜? こいつのことかい?」


 ギャンレルが視線を己の後方へと動かす。つられてフィシカらもその視線を移し、そして目を見開いた。


「無礼者! 離しやがれですわ!」


 とても上品とは言えない言葉遣いの怒号が飛ぶ。そこにあったのは、ペレジアの兵に捉えられた──


「マリアベル!」


 リズが今までにないくらいの大声で叫ぶ。名前を呼ばれた彼女、マリアベルはハッとしたように親友の姿に声をかけた。


「リズ? リズですの!?」


 ペレジア兵の腕を振り払おうとするマリアベルだったが、そこは兵と貴族の令嬢の腕力差。
 いとも簡単に抑えられ、まるでマリアベルを遮るようにインバースが立ちはだかる。


「この者は、無断で国境を越えて我が国ペレジアに侵入し、その上それを止めようとした我が国の兵士に傷を負わせたため──」
「わたくし、そのようなことはしておりませんわ! いい歳こいてウソを言うのは止めやがれですわ! この年増!!」
「…………。……ふふ……とまぁ、このように騒ぎ立てたので仕方なく捕まえた次第ですのよ」


 ああ、案外寛大なのね、なんて幾分か場違いなことを考えながらフィシカはインバースの顔を見つめる。……確かにマリアベルほど若そうには見えない。

 因みに年増とは、娘盛りを過ぎて少し歳をとった女性のことを言う。インバースが年増かどうかは各々の判断に任せよう。
Dear, My Doll.