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「うちの国に忍び込み、兵を傷つけた……。こいつぁ許せねえ大罪だよなあ? しかも、だ。この女があんたらの国の密偵なら……さらにとんでもねえ問題になるぜ」
「…………」
フィシカは顔をひきつらせ、俯いた。
言えない。
自分が他国の義賊で、しかもイーリスの前にはペレジアに忍んでいたなんて。死んでも言えるわけがない。
今ここで言ってしまえば多分、抹殺される。まだ目的なんて果たしていないのに、死ねない。
そんな思いを胸中に、フィシカは大きなため息をついた。……悟られてなるものか。
「そうなりゃエメリナさんよ、あんたにも誠意ある対応をしてもらわなきゃなあ?」
「嘘ですわ、わたくしは何もしておりません!」
兵を引き剥がそうとマリアベルは身を捩らせる。
びくともしない兵に微かな舌打ちを漏らしながら、彼女は続けた。
「この者たちはイーリスに侵入し、我が領地内の村を焼き払ったのです!」
「……!」
フィシカの顔が僅かに強張った。
歯軋りの音がフィシカの鼓膜を揺らす。
握った拳、手のひらに爪が食い込み血を流し、しかしフィシカは表情ひとつ変えずに真っ直ぐギャンレルらの姿を見つめ──否、睨んだ。
ルフレが小さく声をかける。早まるな、と。
そんなことはフィシカ自身百も承知だが、それでも。
「そして止めようとしたわたくしを捕え、ペレジアへ連れ去ったのですわ! 襲われた村の……あの惨いありさまを見ていただければ分かります!」
「村? さぁて、知らねえなあ? どっかの山賊の仕業じゃねえのか。
大勢殺されちまったんだって? おーおー、かわいそうになあ」
「エメリ、」
「──それが一国を治める者の言葉ですか=v
「フィシカ!?」
耐えることは、出来なかった。
いつもと違う口調で放たれたフィシカの穏やかな、しかし確固たる強さを孕んだ怒号。
それは躊躇もなく、情緒もなく、この場にいた全ての人間に届く。
あからさまに顔を歪め、ギャンレルはフィシカをごみを見るような目で見下した。
「あぁん?」
「フィシカ、やめ……」
「貴殿は人の命をなんだと思っておられるのです?
……確かに、マリアベルは、そして焼かれた村の人々は貴殿の国の民ではないでしょう。
しかし民とは人であります。
人の命を軽んじる貴殿は、それでも本当に王であられるのですか=v
ルフレの制止を物ともせず、フィシカは叫ぶ。
その瞳に涙が溜まっていたことには、誰も気づかない。
しかしフィシカの言葉がギャンレルに届くことはなかった。
「知ったこっちゃねえよ、イーリスの人間なんざな」
冷たく言い放たれたギャンレルの言葉。
クロムが、フレデリクが、リズが、ルフレが、眼光を厳しくしてギャンレルを睨んだ。しかしそれ以上に鋭いものは、眼光ではない。
「……ふざけないで、よ」
あまりにも鋭利で、繊細で、静的で、故に誰にも気づかれない、フィシカの殺意。
もしそれに気づけば、おそらく気づいた者は発狂するだろう、其ほどまでの殺気。漏れないようにと意識しても、鋭敏なそれはフィシカを纏う。
気づかないエメリナらは、話を進めていくのだ。
「──ギャンレル殿。マリアベルを解放してあげてください。意見の相違があるのなら、話し合いで真実を明らかにしましょう」
「話し合いがしたいってんなら、まず詫びを入れて出すもん出せや。ごちゃごちゃ抜かすんなら、この女、今すぐ処刑したっていいんだぜ?」
「なんだと……! 悪いのはお前たちの方だろうが!」
徐々にヒートアップしていく彼らのオーラ。そことは違うところで、また、
《──君にとっての民の無病息災は、自国じゃない民も含まれるんだね》
「……当たり前でしょう」
《──ふふ、それでこそ僕のあるじだ。
──力を貸すよ、フィシカさん?》
「……ええ。頼んだわ、フォーゼ」
徐々に覚醒をはじめ、運命は──狂いだしていた。
暗愚王
(最低ね、私の大嫌いな女王よりも)(《──影と闇は相容れないみたいだ》)