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「姉さんに手出しはさせん!」


 クロムが振り抜いたファルシオンがペレジア兵の身体を切り裂く。
 勿論、悪意ありき物ではない。ギャンレルの命令により動いたペレジア兵達が、エメリナを取り囲んだから。故の行動だった。しかしこの行動ではクロムが先に手出しをしたことになってしまう。

 隣国の王子が兵を傷つけた──。ペレジアの民にとってこれは好都合なことでしかない。
 最初から戦争を願っていたペレジアに、大義名分が出来たのだから。なにもしていないペレジアの兵を傷つけた王子への復讐という、大義名分が。


「……うん?」


 ヴィオールが小さな声を漏らす。
 前のアクセサリーショップ盗人の事件の時もそうだったが、ヴィオールは案外変化に目敏い。ソール、ヴェイクらとは大違いである。
 今回は張り詰めた空気故か、ルフレですら気づかなかったことに、ヴィオールは気付く。ヴィオールの声に反応したのは、軍で一番影の薄い男、カラムだった。


「どうかしたの……?」
「っ……! お、嚇かさないでくれたまえカラムくん」
「ご、ごめん……で、さっきの声の意味は……?」
「いや……、フィシカくんは、何処かね」
「……あ、」


 軍で一番影が薄い男、カラム。彼ですら気づかないうちに、その異国の少女は姿を眩ませていたのだった。


──────


《あーらら、随分ご立腹だねフィシカさん?》
「…………」


 フィシカにしか聞こえない声に導かれるように、フィシカは走っていた。
 その《存在》は亡霊のようで、しかしフィシカにとって《存在》は偉大なる神のようでもあった。
 こんな子供のような神がいてたまるか、とも思うが実際問題この《存在》はフィシカの百倍以上この世界に"いた"のだから、まぁなんとも言い難いが、フィシカにとっては紛れもなく崇めるべき──というより、対等であるべき存在なのだ。


《戦争だなんて、僕らの信条には一番遠い物だもんねえ。戦争は土地を奪い、民の命をも奪う。たとえ生き残れたとしても、奪われた不毛の土地から芽生えるのは悪意だけ。感染症も、宿った食料でさえ新たな争いの火種になるのだからね……》
「……うるさいよ、フォーゼ」
《あっはは、ごめんごめん。……君が戦争を嫌う理由は他にもある、というか、それが一番なんだもんね》


 一切悪びれのない、しかし慈しむような声に一瞬戸惑うも、《存在》の性格を知り尽くしているフィシカは立ち止まらない。
 生まれながら、《存在》はフィシカの側にいた。フィシカが《存在》を認識したのは物心ついてしばらくしてからだったが。

 《存在》は、絶対だ。
 フィシカに力を与える絶対的存在。その力を"あの時"に使えたら前国王を救えたかもしれないなんて、どれほど考えただろう。

 だが、今はそんなことを考えている暇はない。
 またフィシカの目の前で、知り合い達が戦争に巻き込まれようとしている。それならばフィシカが取る行動は決まっていた。
 出来れば戦争が始まらないようにすること。それが無理なら、最小限の被害に抑えようとすること。
 そして今フィシカはその自分の決まり切った考えを実行するため、峠の上へと向かっていた。


《でも、よかったのかい?》
「なにが?」
《またまた。今のフィシカさんの飼い主はあのクロムって王子でしょ?まぁ、いくら素性を隠しているとかあの男の人が王子とは言え、君が人の下につくなんて滑稽で仕方がないんだけれども──》
「いいの。どーせ、クロムじゃ私を縛れない。それはあんたが一番知ってるでしょう?
 それと、からかいに来ただけならいくらでも帰っていいのよ?」
《あー、フィシカさんってばひどーい》


 声だけ聴けば可愛らしいものだが、いくら少年声と言えどフィシカにとってその《存在》は男だし、本性も知ってるので靡きはしない。
 しかし声はまたしても悪びれずに、ただフィシカに"協力"だけをするのだった。


《──でも、もっと酷いやつがそこの岩陰に三人ほど隠れているよ》
「……っ」
《へえ、今回は気づかなかった? まぁ手練れの兵士みたいだし、しかも特別な訓練を受けているみたいだから仕方ないね。
 んじゃひとつ、いい事教えてあげるね? そいつらペレジア兵じゃなくて、《闇の国 ヴァレーダ》の兵士だよ》
「──!」


 刹那。
 フィシカの中に押し込めていた、フィシカという器に見合わないほどの殺意が空間を覆い尽くして──
 それ≠ヘ、始まった。
Dear, My Doll.