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最初は、ほんの僅かな怒りだった。
分かっている。《闇の国》の民が全て悪いわけではない事は。
分かっている。彼らに何の罪もない事は。
分かっている。復讐だなんて、虚しいだけの行為だということは。
それでもその怒りはすぐに溢れ、殺意へと変貌する。
その殺意がフィシカの周りを満たした時、それはフィシカの動力源となるのだった。
「" Irakih, ihumij an oyirakih. "
"Ukaj ow esoboroh. Imtu inwo utab "!!」
およそ凡人には聞き取れない言葉の羅列。
歌われるように囁かれたそれが音を失った瞬間、ぱんっ、と光が弾けた。
一瞬、フィシカの触れる世界の全てが動きを止める。フィシカの耳に届くのは、あの《存在》の声。
《さあ、戦おうか。民のためという大義の元に。民を殺そうとした者に、慈悲を与える××の刃を!!》
「あ゛ああ゛ああぁぁ゛ぁ────────!!」
刹那、フィシカから発せられたとは思いがたき絶叫。もはや声とすら認識出来ない、音。
それはフィシカの、贖罪。自らの軽はずみな行動によって死んでいった人々への、贖罪だった。
殺すことではない。死んでいった人たちへの贖罪は、真実を暴くこと。
逃げた自分への贖罪は──戦うこと。
戦いは、嫌いだ。
あの日を思い出させるもので、たくさんの闇を生むもので、フィシカの望む世界にはいらないもの。
だが、それでも戦いが必要なのだというのなら、自分が戦おう。そうすることで、犠牲が少しでも減るのなら。
握りしめた短剣から、声が聞こえた気がした。三年前に犠牲になった人々の声が。
「っあぁああ────!!」
今まで込めたことのないくらいの力を込めて、短剣を振るう。
ずぶり、と、短剣が人体に埋まる感覚が伝わってきて、ほんの少しだか吐き気を覚えた。が、フィシカは逃げてはならなかった。逃げれば、この人達は"死んでしまう"から。
糸ほど残った理性が、フィシカのたったひとつの約束を守らせていた。《人殺しはしない》──そんな約束を。
それは民への約束であり、自分自身への戒めだった。もしそれをやぶってしまえば最後、フィシカは慈悲を忘れた獣になってしまうと知っていたから。
────────
フィシカがマトモに自我を取り戻した時、目に映ったのは横たわる三人の屈強な男たちだった。
乱れる呼吸を整えて、返り血を拭う。少し、乱暴な手つきになってしまった。
息が規則正しくもどったころ、フィシカは急いでその男たちの中の一人の元に駆け寄り、脈を確認した。
男の身体が小さく動く。三人とも命はあったようだ。ただし、喋れそうなのは一人だけ。そうしたのはフィシカ自身だが。
戦えなくすることが、フィシカの慈悲だった。戦えなくなれば、その命を戦場で落とすことがないから。瀕死まで追い込んで、恐怖を植え付ける。そうなればその人はもう、戦場には立てないはずだから。
「……喋れる?」
「お、まえ……」
「喋れるなら、教えて。
なんでこんなところに、《ヴァレーダ》の兵がいるの。あなたたちは三年前の《ヴァレーダ》と《セルディスト》の戦争に関与しているの……?」
教えて、ください。
掠れかかった喉から出たのは、そんな懇願の声だった。
それほど、フィシカにとって《ヴァレーダ》の存在は重大なものなのだ。
「……っ」
「お願い……です。私は……私は知らなきゃならないから……っ!」
「何故、いるか、だと……? 《ヴァレーダ》は……ついこの間……ペレジアと同盟を結んだ……っからな……」
「……っ!!」
衝撃だった。
クロムらが敵対することになった国と、自分が敵視する国が同盟を──?
妙な偶然で、望んでもない最高で最悪の展開だった。
ぎり、と、噛んだ下唇から鉄の味がする。
「俺らは、……任務を、受けた……」
「任務?」
「……ペレジアに行って……戦争を起こせと……っ。そうすれば……《セルディスト》の《龍》が目覚め……る、から……と……」
「────!」
咄嗟に、拳を胸のまえに握りしめる。
戦争を起こせ? ふざけるな。そんな思いと、もう一つ。
──ばれている? 祖国の信仰する《龍》がここにいる、と──。
フィシカの祖国《影の国 セルディスト》が存在する《レストーネ大陸》には、他の大陸とは決定的に違う特色があった。
幾つも存在するレストーネ大陸の国々、そのすべてが《龍》を信仰しているということだ。各々の国は、その信仰する《龍》を讃え敬うことで何かしらの恩恵を受けているとされている。
フィシカの出身国《影の国 セルディスト》が信仰する《龍》の名前は《フォーゼル》。与えてもらえる恩恵は、"民の無病息災"。
《光の国 ファヴァー》では《リューグラ》が"平和"を恩恵として与え、《闇の国 ヴァレーダ》では《ワークルス》が"破壊の力"を与えるとされている。
そして、この話はただの伝説ではない。その《龍》は、実在するのだ。
あるものは人々に紛れ込むように、あるものは王女の身体を器とし、またあるものはふわふわと目的意識もなく浮いて、存在している。
レストーネ大陸五大国と呼ばれる《影の国》《光の国》《火の国》《氷の国》《風の国》、そしてそこに加えて《闇の国》が信仰する《龍》は、それぞれが強大な力を誇っている、とのこと。
故にその力は拮抗し、大陸は平穏を保ってきた。
だが、もし──もしもその《龍》のうちひとつでも殺される、もしくは別の国へ力を貸してしまえば、どうなるかは、明白だった。
大陸は、壊れる。今まで微妙なバランスで保ってきた拮抗は崩れ、戦争が起こることは必至で、いずれ大陸はなくなってしまうのだ。
故にその《龍》の所在は他国の王や民は愚か、その国の殆どの民でさえ知らない。
が、フィシカは知っていて、しかもそれが《闇の国》にも露見してしまっている。
今この瞬間を持ってしていえば、確かに《龍》──《フォーゼル》は、イーリス大陸にいた。
でもそれは、本当に一部の人間しか知らないはずなのに──。