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 ゆらり、揺れて、落ちる。

 フィシカはその姿を一度も見ずに、無言でクロムらの方へと歩みを進めた。
 再びどさり、と鈍い音がして、思わずクロムは目を閉じた。それでもフィシカは、表情を変えない。変えている余裕なんてものが、ないのだ。


「フィシカ……」
「……殺してはないから。とどめは……刺してきてくれるかしら」


 ぐっと目を閉じて、唇を結ぶ。それを見てルフレまでもが黙り込み、クロムが心配そうにそれを見つめた。
 誰も動かない。動けない。
 やがてロンクーが歩みを進め、小さく言った。


「俺がいく」


 何を、とは言わない。
 それはロンクーなりの、優しさだった。刃を交えた彼にとっての最大限の優しさ。
 人に飢え人を愛する彼女に、殺して来る、なんて言えるわけがなかったから。

 ありがとう、と小さくフィシカは言う。ロンクーはそれに答えることはせず、そのまま行ってしまった。フィシカはリズへと目線を移す。
 首を傾げるリズに、フィシカは無言で指をさし示唆。
 リズが振り返れば、そこには魔道士の帽子を被った少年と共にいるマリアベルの姿があった。


「……! うわーーーーーん! マリアベル!!」


 涙を流しながら、リズは彼女の元へと走る。抱きつきそうな勢いだったが、いきなりそれはマズイと思ったのか、直前で止まった。
 しかしそれでもマリアベルのことは心配らしく、そのまままくしたてるように言葉を並べる。


「良かった、良かった無事でーーー!!」
「助かりましたわ、リズ」


 泣きながら言うリズにマリアベルは微笑みかけた。その光景はまるで赤ん坊をあやす母親のようで、思わず笑みを浮かべてしまう。
 それはフィシカだけではないようで、それを見ていた帽子の少年も少しだけ笑っていた。


「ひどいことをされなかった?」
「あ……あなたは……」


 ルフレがマリアベルに声を掛けると、マリアベルが一瞬すくむ。
 え? と意味のない声を出したルフレにフィシカが小さく一言。


「ほら、ルフレ……」
「……あ、そうか。そういえば、僕のこと嫌いだったか」


 納得したように苦笑い。フィシカと目線を合わせて、二人で思わず笑ってしまう。
 そんなフィシカとルフレを見て、マリアベルは罰が悪そうな顔をする。ん? と小さく声を漏らせば、目線を逸らして困り顔。


「あ……あれは、その……。き、嫌ってたわけではなく……。その、知らない人とリズが仲がいいので……その……」


 ははぁ、と思わず感嘆の息を漏らしてしまう。全てを察したらしいフィシカは自身の唇に指を当てた。
 もういいよ、と小さく言ってみた。それはマリアベルにも伝わったようで、急に前を向いたかと思えば語尾を強くして半ば言い捨てるように言う。


「な、なんでもありませんわ! と、とにかく! あれはわたくしの悪いクセですの! あの時は、ごめんなさい。
 それと……助けていただいて……ありがとうございました」


 貴族らしく、優雅に一礼。どういうこと? とルフレは混乱する。
 男というのはどうしてこう、鈍感なのだろうか。フィシカは不思議に思ったが教えないのも酷だと思い、小さく耳打ち。


「嫉妬」
「……あー」


 納得。それならば今までの彼女の行動、全て把握できた。
 別に嫌われていたわけではないらしく、内心ホッとしたのはルフレの胸のうちに秘めておこうと思った。
Dear, My Doll.