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「──さて、本当の問題は……」


 フィシカが言った言葉にルフレがハッとする。そうだ、こんなことにのほほんとしている場合ではないのだ。
 峠に転がる死体を見て、思う。
 これが示唆することはたった一つ──
《戦争》という、たった二文字で、しかし重すぎる二文字だった。

 屍兵との戦いではない。
 交渉のための模擬戦でもない。
 闘技場での見世物でもない。
 本当の──殺し合い。

 ちらとクロムを見てみると額に流れる汗を拭ってため息をついていた。しかしそれは安堵のものではない。戦争を引き起こしてしまったことへの、罪悪感。
 やがて彼は自身の姉、エメリナへ目線を移した。


「……姉さん、すまない……。俺はとんでもないことを……」
「……いいえ、クロム。あれは私を思ってのこと……」


 エメリナの言っていることは間違ってはいない。そして、クロムがしたことも。
 王を──姉を守るということ。それは誰にも否定出来ないことなのだ。

 公言こそしていないが、弟のいるフィシカ。
 エメリナとクロムという姉と兄を持つリズ。
 兄を持つソールと、兄を亡くしたソワレ。
 沢山の兄弟がいるらしいカラム。
 他のメンバーにも多かれ少なかれ、何かしらを抱えている。そんなメンバーが、クロムを責めることができようか。

 暗い雰囲気の中、フレデリクが咳払い。メンバーの目線が一斉にフレデリクに向けられる。
 神妙な面持ちで彼は話し始めた。


「ギャンレルはすでにイーリスへ攻め入る準備を始めているかもしれません。すぐに王都に戻って、今後の対策を考えましょう」
「そうですね。……残念ですが、戦争は始まってしまいました。いまは、イーリスの民を守ることを第一に考えましょう」


 エメリナの落胆の声が軍団員に届く。そうして始めて、本当の意味で実感した。
 ああ──夢じゃないんだな、と。

 フィシカは無言で天を仰ぐ。そこにある空は、不気味なほどに青かった。
 天は、何も知らない。何もかも、無慈悲だ。


「……ねえ!」


 突然、子供の声が聞こえる。
 声がする方を見れば、マリアベルの隣にいた少年。自分に話しかけているのだろうか、とフィシカは自分を指差す。
 すると少年は頷いて、更に口を開いた。


「君は、自警団員だよね? 僕も、自警団員なんだ。僕はリヒト」
「私はフィシカ。……よろしくね」
「! ……うんっ、よろしく!」
「……どうかした?」
「え?」


 変な間があったから。
 そう伝えると、少年リヒトは驚いたように目を丸くする。そうして、一瞬だけ笑って伝えた。


「ほら……僕、まだクロムさんには子供だからって参加させてもらえないけど。フィシカさんは何も言わなかったから、少し驚いて……」
「そうなの? ……マリアベルを助けたのはリヒトよね。まったく、クロムも人を見る目がないんだから……」
「……悪かったな」
「冗談よ。……行きましょ、戦争が始まるわ」


 刹那、空気が凍った。
 ああそうか、とルフレは妙に納得する。
 戦争が、嫌いなだけではない。彼女は──戦争に、怯えているのだ。


「……フィシカ」
「……何? ルフレ」
「怖いなら、抜けてもいいんだよ。君は……この国の人じゃ、ないんだろ?」
「……うん。だけど」


 真っ直ぐ、ルフレを見つめる。その瞳の中には、確固たる意思。
 逃げない。逃げるわけには、いかない。それが、彼女の意思だった。


「私が力になって苦しむ人が一人でも減るのなら、私は戦うわ」


それが《あの人》の望んだことだから。
Dear, My Doll.