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沈黙に沈黙を重ね、どれだけの時間が経ったのだろう。随分と歩いて、歩いて。もうわからないくらいになった頃、フィシカは庭に佇む影を見つける。ルフレ、と声をかけてみればルフレもその人影に気づいたらしい。
「……クロム? こんなところで、何を?」
ルフレが人影へ話しかける。漸くその人影──クロムがこちらに気づいたらしく、その瞳に二人の姿を映した。
特にクロムを探していたわけではないフィシカも、その場にとどまりクロムの言葉を待つ。
「ルフレにフィシカか……。少し、考え事をな……」
「クロムが考え事?」
「なんだその信じられないと言いたげな顔は」
はぁ、と軽い溜息と共に睨まれる。ごめんごめん、なんて軽い言葉で謝ったフィシカだが、その目はどこか遠くを見つめているようにも見えた。
何を考えていたの、と独り言のようにつぶやいた。まるで教えなくてもいい、というような口ぶりだったが、それでもクロムはその先の言葉を紡ぐ。
「明日、俺たちはフェリアへ援軍を求めに行く。ルフレ、フィシカ、その前にお前達に話しておきたいことがある」
「……話しておきたいこと?」
フィシカの問いかけに、クロムは無言のまま頷く。二人から視線を外した彼は、そのまま自分の右肩へと目をやった。つられてそこをみれば、刻まれているのはイーリス王家の証たる聖痕。
フィシカはそれを目を細めつつ見つめる。思うところはあるようだが、何も言わない。
「……フィシカは聞いていなかったかもしれないが、あの時ギャンレルが言った通り、姉さんが聖王を継ぐ十五年前まで……。イーリスは前聖王の命令でペレジアと戦争を行っていた。その戦争の犠牲になったのはペレジアだけじゃない……イーリスもだった」
クロムが紡ぐのは、前聖王の犯した過ち。戦争という御伽噺のような、しかし三人の目前に迫っている重い現実。
遠い話ではない。伝承や神話でもない。十五年前確かに存在し、この地を焼き払った災い。人の手による苦しみが、クロムから語られる。
「民はみな軍に徴兵され、次々死んでいった……。イーリス国内はひどい有様だったらしい……」
「……っ!」
「…………」
ぎり、とフィシカの奥歯が鳴る。戦争は嫌いよ。そう言い続けた通り戦争のことを聞くだけでも酷い嫌悪感を覚えているらしい。
ぐっと握った拳からじんとした痛みを感じる。我に返って自らの拳を見れば、包帯で巻かれた自分の手が視界に映る。掌を返すと、包帯が少し赤黒くなっていた。そういえば、ギャンレルと対峙した時にも爪が食い込むほど拳を握って、血を流したのだった。
「そんな時、前王が急逝し……姉さんは十に満たない年で聖王を継いだ。
それからだ。姉さんの苦しみの道が始まったのは。
他国の民の恨み、自国の民の怒りは……すべて聖王……姉さんへ向けられた。聖王を憎む群衆から石を投げつけられ、顔にひどい傷を負ったこともある……。それでも姉さんは……俺とリズの前でしか涙を見せなかった」
「…………」
「……強いのね、エメリナは」
それは心からの感想だった。恨み怒りを一身に受けることがどれ程苦しいことか、フィシカは知っていたからだ。そんなもの、知らない方が良かったのだが。
不思議そうにルフレがフィシカを見る。視線を受けて、フィシカは曖昧に笑った。言葉の意味を伝えることはしなかったが、ルフレはそれも予想していたようで諦めてクロムの方を見直す。
「俺は姉さんを守りたい。姉さんの理想を。姉さんは兵を家族のもとへ帰し、人々の訴えを聞き……。そうして少しずつ、少しずつ……民の心を取り戻していったんだ。
だが、その理想も……ギャンレルのような人間には通じない。それでも俺は姉さんの理想を守りたい」
「……クロム」
「姉さんの代わりに、この手を汚してでも……、イーリスには姉さんが……聖王が必要なんだ」
恐らくそれは、クロムが苦悩の末導き出した答えなのだろう。
クロムも戦争は好きではないと言うことは、今の言葉の端々から滲み出ていた。当然といえば当然だろう、戦争によって苦しんだ姉──エメリナの姿を見ているのだから。
それでも、戦争は起こってしまった。それならば、と、クロムが自ら選んだ道だ。
クロムが選んだ道なら、私は。そんな言葉は喉に突っ掛かり、発する前に消えていった。
「その通りだよ」
「────!」