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 向かい合うマルスとクロム。どちらかが動けば何かが変わりそうなその空間で、フィシカとルフレはそれをじぃ、っと見つめる。
 また剣を交わらせるつもりか、とクロムも剣に手をかけたがどうも違うらしい。マルスの視線がゆっくりと自らの後方の茂みへ向けられ、淡い桜色をした唇がスローモーションのように開かれた。


「……そこにいるのはわかっている。出て来るんだ」


 え、と小さくルフレが声を漏らす。フィシカが視線をそちらへ向けたのを合図にしたかのように、中庭の時間は動き出した。

 飛び出したのは鋭い刃を掲げたアサシン。どうやって城内に入ったかは定かではないが、その痛いほどの殺意は間違いなくマルスに向けられていた。
 何が起こっているかは分からないながらに、フィシカは懐の短剣を取り出して構えを取る。マルスへ斬りかかろうとしたアサシンに向かい走ろうとすれば、くんっ、と体が後ろへと持っていかれる。


「っ!?」
《フィシカさん、行っちゃダメだ、君が相手しなきゃならないのはそいつらじゃない》
「……!」


 その手を引いているのは紛れもなくフォーゼだった。実体を持たないどころか、今の彼は姿すら表していない。が、それでも確かにフォーゼに手を引かれたのだと思う。

 どういうことだ、そう言いたげにフィシカの目が細められる。フォーゼの言葉を待たずしてマルスが動き出した。
 マルスはクロムのファルシオンとよく似た剣を高くへ投げる。何事かと瞬きをしている間にマルスの身体は釣られるように空へ舞った。
 直後、マルスの身体があった場所に鈍く光る刃が振り下ろされる。そのままマルスがあそこにいれば確実に斬り殺されていただろう。しかしそれは叶わず、逆にマルスが上から斬りかかることとなった。アサシンは一瞬の悲鳴も上げずに倒れこむ。


「……!」


 あまりにも見事な剣技に思わず見惚れる。闘技場でクロムと剣を交わらせたのを見ていた時も思ったが、マルスの腕はクロムと同等かそれ以上に見える。
 決して力が強いわけではない。しかし洗練された動きで流れるように繰り出されるそれは敵に回せば脅威だろうとフィシカに思わせた。


「……これで、僕が真実を語っていると……信じてもらえただろうか」


 ゆっくりと剣を下ろしながら、マルスは声音を変えずにそう告げた。あまりに急な出来事で、今起こったすべてのことを理解するのには時間がかかってしまったが、クロムはかろうじて喉の奥から「あぁ、」と声を出す。
 確かに、あのアサシンはマルスに言われるまで全くと言っていいほど気配を感じさせなかった。フィシカも、敏いルフレすらも気づけないほどに。
 だからと言って未来を知る≠セなんて……とも思ったが、残念ながら否定する証拠もない。否定も肯定もし難いが、少なくとも先程の襲撃で助かったのは間違いなかった。

 と。


《──来るよフィシカさん》
「……ッ!!」


 思わず短刀を引き抜き、マルスらに当たらぬようにしながら数本投げる。何本かは命中したらしく呻き声が聞こえてきたが、短刀で捉えきれなかった別のアサシンが再び茂みから飛び出してきた。
 成る程、他の奴らがいたから、さっきは止められたと。一人勝手に納得していると、飛び出してきたアサシンはマルスへと斬りかかる。


「あっ、!」


 ぐらり、とマルスの身体が傾く。何事かと思ってマルスの足元を見れば、そこには最初のアサシンが落とした短剣があった。大方それを踏んで足でも滑らせたのだろう。
 皮肉にもそれがマルスを救うことになる。足を滑らせバランスを崩したが故に体勢が崩れ、狙ってきたアサシンの刃がマルスを切り裂くことはなかった。パキン、と音がしてパピヨンの仮面が壊れた。

 クロムと良く似た青の髪が重力に遊ばれ落ちる。結っていたらしいその髪は意外にも長く、パピヨンの仮面が壊れたことにより明らかになった素顔と相まって、マルスの性別を明らかにさせた。
 が、今はそんなことを考えている場合ではなくアサシンを処理しなければ。フィシカ装飾の豪勢な短刀ロキを引き抜くと同時にクロムが駆け出し、マルスを襲ったアサシンを切り裂いた。
 同時にフィシカは短刀ロキを逆手に持ち──


「……はっ!!」


 力を、祈りをそこに込める。するとロンクーと対峙したあの時のようにその短刀は長剣へと姿を変えた。同時に、伸びた長さ分だけ後ろへの攻撃範囲が伸びたということにもなる。
 ぐさりと小さく音がした。フィシカの後ろから奇襲を仕掛けようとしていた敵の脇腹にうまくロキが刺さったのだ。ひ、と小さくフィシカから声が上がったのを、ルフレは聞き逃していない。


「……フィシカ?」


 問いかけてみるものの、フィシカは無言で首を振ってロキを敵から引き抜いた。ごぽりと粘着質な音を立てながら血が噴き出るが、どうやらまだ死んでいないらしくフィシカはそっと胸を撫で下ろす。

 もう彼らは戦えないだろう。そう判断した四人は一度互いの顔を見合わせた。


「お前……女、だったのか……」


 クロムから驚きを孕んだ声があがる。マルスの顔をしっかりと見れば、そこにいたのは確かに少女だった。
 クロムやルフレ、フィシカらとあまり年齢は変わらないように見えるが、どこかあどけない。癖のある青い髪は、クロムのそれと良く似ていた。

 フィシカはふと思い出す。ロンクーが彼──否、彼女と闘技場で戦ったらしいことを。そしてロンクーが負けてしまったことを。
 ……もしかすると、無意識のうちに女性ということを認識してしまって戦えなかったんじゃあないだろうか。そんな予想ができたが、なんとなく言うのは憚られて胸の内にしまっておいた。

 マルスはゆっくりクロムの顔を見た。どことなく似た雰囲気を纏わせる彼女は、はっきりと、しかし落ち着いた声で言葉を紡ぐ。


「バレてしまった以上、男性の演技を続ける必要はありませんね」


 口調も変わった。なぜ男装をしていたのか、なぜ口調まで変わったのか。聞きたいことは多々あったが、どうやらそれを聞く時間はないらしい。
 どんっと大きな音がして、気付いた時には四人揃って走り出していた。
Dear, My Doll.