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「姉さん!!」
半ば叫ぶようにクロムが声を出す。城内にはすでに何人か敵兵が入り込んでいて、それを退けながらここまで来るのは容易ではなかった。
だが、それでも四人は駆けた。駆けなければならなかった。駆けてここまできた。
避難させられたらしいエメリナがクロムの方をゆっくりと振り返る。不安に濡れた表情だったが、クロムの姿を認めれば少しだけ表情を明るくした。
……が、それも一瞬のことでエメリナは再び口元を固く結びクロムへと語りかける。
「クロム……! 危険です! あなたたちだけでも逃げなさい!」
それは心からの懇願だった。エメリナにとってクロムやリズの存在は命と同じくらい──否、命よりも重いものだからだ。
彼らが助かるなら、自分の命など。そう考えるエメリナの、懇願。
しかしそんなものはクロムも同じだ。クロムに取ってエメリナという存在はそれほど大きいものである。そんな願い事など、聞くはずがなかった。
「もう少しだけ待っていてくれ! 姉さんは、俺が必ず守ってみせる!!」
そのクロムの声に気づいたらしい敵兵がこちらへ向かって走ってくる。会話くらいさせなさい、と苛立ちを露わにしたフィシカが短剣を構えた、その時。
敵兵が大きく揺れ、倒れる。今回は本当に何もしていないフィシカが目を丸くしていると、敵兵がいた場所よりも向こうから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「奇襲とは……まったく、貴族的ではないねえ」
「ヴィ、オール……!」
「こんばんはフィシカくん、他の者たちには私から声をかけさせてもらったよ」
「え?」
ハッとして彼より後方を見てみればそこにいたのはイーリス自警団の面々。戦力は少しでも多いほうがいいだろう? と得意げに笑むヴィオールに今回ばかりは感謝した。
が、その感謝を伝えるのは後だ。今はそれどころではない。勢いよくルフレの方を見てみれば彼は小さく頷いて口を開いた。
「みんな! 敵の指揮官を倒すんだ!!」
軍師ルフレの言うことはこの団──軍においては絶大な効力を持っている。それがエメリナを守ることとなればなおさらだ。
言葉を聞き届けた軍の皆は各々配置につく。無論それはフィシカもだったが、ルフレはちょっと、とフィシカの腕を引いた。ん? と首を傾げるフィシカにルフレは告げる。
「フィシカ、君は宝物庫でエメリナ様のことを守ってくれ」
「……私が?」
「フィシカが」
「……この前まで全く信用されてなかったのに」
どういう心境の変化? なんて茶化してみればルフレの眉根が顰められる。ごめんと小さく言ってみれば別にいいけど、と返ってくるあたり本当に咎めるつもりはなかったのだろう。第一、フィシカが言ってることは何も間違っていなかった。
やがてゆっくりとルフレが口を開く。その瞳は真剣なものだった。
「僕には、お前が何を隠しているのかはわからない。だけどお前の実力は認めているし、フィシカがエメリナ様やクロムに危害を加えようとしていないのもなんとなくだけど分かる。
……エメリナ様を守るのは簡単なことじゃない。きっと僕らが取りこぼした敵兵がエメリナ様に牙を剥く。それも沢山、ね。そんな場所にフィシカを送り出すのは、……君を信じたいと思ったから。……やってくれるかい?」
じ、と彼の黄金色の瞳がフィシカの金色を射抜く。変わった二人称、今まで以上に落ち着いた声音。それが何を意味するのかということは聡いフィシカには手に取るようにわかった。
やれやれ、そう言いたげにフィシカの目が伏せられる。その口元が緩やかに弧を描いていたのをルフレは見逃さなかったがここは戦場だ、それをいうことはなかった。
「……分かったわ、エメリナ様のことは任せて」
「恩に着るよ」
駆け出そうとした方とは逆へ。宝物庫の中で不安そうな顔をしているエメリナを守るために、フィシカは走った。
聖王は、この国の象徴だ。大切な存在だ。自分は祖国の女王を好きにはなれないが、この国の聖王は皆に愛されている。そんな彼女を失うのは勿体無いな、と、心のどこかで思っていた。