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「護衛に来ました、エメリナ様」


 宝物庫の中ではエメリナが一人で佇んでいた。外から時折聞こえる金属同士がぶつかる音と怒声に肩を揺らすその姿は、聖王の姿を少女にも見せる。
 あまりにもあっさりとした宝物庫で、そこにエメリナを避難させた人の神経を疑いたくなるが、この自体ならば仕方が無いのかもしれない。せめてあの扉が突破されなければいいのだが、なんて心の片隅で考えてみる。
 フィシカがこの部屋に入ったのは裏口からだ。そこはクロムたちが守っているのでたまにしか敵兵が入らないだろうが、扉を突破されてしまえば話は別だ。


「あなたは……フィシカ」
「はい、軍師ルフレ直々の命令です」


 女一人で心細いかもしれませんが、と自嘲を込めて伝えてみればエメリナは無言で首を横に振る。それが本心かどうかはしらないが、折角の心遣いなので笑顔を浮かべて応えておいた。
 さて、と敵兵の気配を察知するために神経を張り巡らせる。幸い、まだこの宝物庫に近寄る敵兵はいないようだが突破される可能性もなくはない。びりっとしたフィシカの視線にエメリナはまた表情を曇らせる。


「……クロムから、あなたのことは沢山聞いています」
「そんなに聞くこと、ありますかね?
 一応、身分も明かしていないのに」


 ほんと、人の事すぐに信用するのね。半ば呆れを含んだ声で小さく呟いた。信用してもらえるのは好都合だが、一国の王子がそれでいいのかとも思ってしまう。
 聖王たるエメリナはそんなことはないだろう、と思ったが彼女はクロムの姉だ。見た目も中身も似ていないが根本的なところは似ていて、人をすぐ信用してしまうかもしれない。そう思うとイーリスの存亡が危ういようにも感じる。


「ええ、沢山。あなたが危険なことをした日、あなたがクロムを助けてくれた日、あなたとクロムが他愛のない会話をした日……些細なことでも、あの子は私に話してくれるんです」
「……気はずかしいですね」


 なんてこと言っているんだ、あの王子は。一瞬そんな考えが脳裏をよぎったが、同時にリズの姿も思い返して妙に納得する。リズも嬉しいことがあれば逐一教えてくれていた。そんなリズと兄妹なのだから、似たような行動をとっていてもおかしくはない。
 それにしても、やはり恥ずかしい。あまり酷いことを言ってないとは思うし、クロムの良心を信じようとも思うが、それでもなにかよからぬことを吹き込まれていないかと心配になる。


「ねぇ、フィシカ」
「はい?」


 戦闘中なのだからあまり会話はしない方がいいのかもしれない。だが二人きりというこの空間で黙り込んだまま短剣を持つのも居心地が悪くてエメリナの問いかけに応じる。
 ふと、エメリナに視線を向ける。その表情は先ほどまでの不安に濡れた顔ではなく、どこか慈愛に満ちた表情だ。
 どうかしましたか、と声をかければエメリナはゆっくりと口を開き、言葉を紡ぎ始めた。


「もしも、もしも私が居なくなったら、あの子達のことを宜しくお願いします」
「…………」
「あなたはきっと、王族≠ナあることの苦しみを知っているから。……違いますか?」
「……買い被り過ぎですよ、エメリナ様」


 何故、こんなことをいうのだろう。まるでこれから居なくなってしまうような物言いにフィシカは不安を感じる。しかし、フィシカはそれを紡ぐことはしなかった。
 王族であることの苦しみを知っている。エメリナが何を持ってフィシカをそう判断したかはわからないがフィシカは否定の言葉を述べてから短剣を持ち直しす。


「私は、ただの盗賊です」
「えぇ、ですが正義の盗賊でしょう?」
「法を犯していることに代わりはありませんから」


 本来なら、ここに立つことすら許されない。言いさした言葉を飲み込んで短剣を構える。
 何処からか感じる視線にいつでも対応できるように、フィシカは最大限の注意を払ってエメリナへの言葉を続けた。


「だから、そんなことしか出来なかった私を拾ってくれたクロムには感謝しています。……そんなクロムを守るのは、私の仕事で役目です。絶対に守りますから、安心してください。……勿論、エメリナ様のことも」
「フィシカ……、……ありがとう」
「はい、……ですので」


 す、っと息を吸う。鋭利な殺意を張り巡らせて、この聖王を守るために短剣を握って。
 戦争は嫌いだ。人を殺すことしかできない戦争は尚更。だが──


「貴方達を守るための戦ならば、私はいくらでも剣を振るうわ!!」


 宝物庫に現れた影に、剣を振るう。甘い香りが鼻腔を擽って、フィシカはほんの少しだけ目を細めた。
Dear, My Doll.