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金属同士がぶつかる甲高い音。振るった短剣は確かな手応えを持って空間を震わせた。
敵か、と剣の先を睨みつけて眉を顰める。同時に懐かしい甘い匂いがフィシカの鼻腔を掠め──。
「ど、わっ!?」
剣を弾き、距離を取る。両足と手で着地したフィシカは即座に短剣を持ち直して立ち上がった。
守らなきゃ、守らなきゃ。その思いだけがフィシカを支配して、戦争嫌いのフィシカを戦地に立たせる。
「ま、待ってくれ」
「っ、」
冷静さを失いかけていた彼女の耳に、フィシカが剣を振るった先にいた男の声が届く。走り出しかけた足を地面に縫い止めて、立ち止まる。顔は、見ない。何処か聞き覚えのあるその声に、フィシカは顔を上げることができなかった。
神経を張り巡らせ、他に敵はまだ近くにいないか確認して。漸く戦闘体制を解いたフィシカは、なおもエメリナを守るためにその集中を途切れさせることはない。ないが、その耳は男の声に傾けられていた。
「俺は……、俺はあんたの軍の大将に言われてここまで来たんだ」
「クロムに? ……敵軍の男にそんなことを言うなんて、何を考えているのかしら」
「お前な……少しは話を黙って聞け。俺はもうペレジア軍を抜けた」
それを信じていいのかどうか、フィシカには図りえなかった。ここにルフレがいれば、信用に足るか否か軍師たる彼に任せたものだが、生憎それは出来ない。
こういう言葉に弱いのよね、なんて心の中で独り言。さて、どうしたものか、とフィシカはようやくその目線をあげた。
ばちり。男と視線が絡む。
鮮やかな橙色の髪の毛に、翡翠を思わせる緑の瞳。それはフィシカの二年前の記憶と合致して、フィシカの記憶を引きずり出した。
盗まれた短剣≠取り戻すために、箱≠抜け出した。箱入り娘といって差し支えのないような場所にいたフィシカにとっては街の全てがきらきらと輝く宝石なようなもので。
いつまで続けばいいと思った。そんなこと、きっと父が許したとしても人々が許さないだろうけれど。その証拠に、すぐに追っ手がフィシカを捕まえようとしに来た。
逃げた。全力で。まだ終わらせたくなかった。何も出来ていないのに。短剣も取り戻していないというのに。こんなところで終わらせてたまるかと、フィシカは駆ける。
そんな折に出会ったのはオレンジの髪と緑の瞳を持つ男だった。道の曲がり角でぶつかって出会うなんていう、どこかで聞いたような展開で。
今思えば、フィシカは彼に一目惚れをしていたのかもしれない。好いていたのは自覚していたが、一目惚れとは思わなかった。
自分とは全く違う、暗い影を持ったその姿に。フィシカの、初恋の人。
彼は自らをこの国──イーリスの何でも屋と言っていた。故に、彼がここにいたとしても何もおかしくない。彼にとってここは祖国なのだから。
その記憶が、正しかったとしたら。そして目の前にいる彼が、そうだとしたら。
その男の名前は──。
「────!」
意識が引き戻される。間違いようのない敵意がフィシカの肌に刺さって、フィシカは短剣を握り直す。
彼の後ろに現れた、彼に切りかかろうとする盗賊に短剣を投げつける。うぉ、と小さく彼が声を漏らした気がするが、その短剣が彼を貫くことはなく、貫いたのは後ろの盗賊だ。それを確認した彼は少し苦々しい顔をした。
戦闘が激化し始めている。それを悟ったフィシカは一瞬エメリナに視線を投げた。私の仕事はこの人を守ること。それを再確認して、目の前にいる彼≠ノ向かって言葉を落とし始める。
「……私の任務は、エメリナ様を守ること」
「ああ、軍師……ルフレに聞いてるぜ」
「それに賛同してもらえるなら、手伝ってくれるかしら」
「勿論だ」
「それと、」
新たに短剣を取り出しつつ、一呼吸置く。ん? と不思議そうに表情を変えた彼に、フィシカは口元を緩めた。こういう時くらいは、笑顔で話したい、そう思ってのことだ。
名前を、伝えるために。彼の名前と自分の名前を、伝えるために。
「私はフィシカ。《影の国 セルディスト》出身よ。……依頼の報酬、払ったわ、ガイア」
「……あぁ、二年前の依頼の報酬、しっかり受け取ったぜフィシカ。これからは同じ軍の一員としてよろしく頼むぜ」
二人しか知りえぬ依頼とその報酬。二年越しに果たされたその約束に、一瞬だけ戦争の気配を忘れて微笑み合う。
勿論そんなことが長々と許されるはずもなく、すぐに雰囲気を引き締め、フィシカは短剣を、ガイアは剣をきつく握った。