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一夜明け、イーリス聖王国。


「へぇ……ここがイーリス王都……! すごいな、人であふれてる」


 ルフレがイーリスの町並みを眺めながら感嘆の声を漏らした。ルフレは何処か落ち着いているのだが、時折子供のような反応を見せており微笑ましい。


「こんなに人が多いところは久しぶりかも」


 義賊ゆえにあまり人前に出ないのだろう、フィシカは体を伸ばしながら呟いた。その表情は何処か晴れやかである。


「どうやら、大きな混乱はないようですね。謎の地割れの被害は……あの森に限られたもののようです」
「何だったんだろうね、あれ」


 突然の地割れ、空に現れた謎の水色、現れたいにしえの英雄王と同じ名前の人物……。全て昨日の一夜に起こったこと。
 それが信じられないほど、町は穏やかな人の波に包まれていた。


「よかった……」


 リズが表情を綻ばせる。よほど気がかりだったのだろう。
 祖国があんな被害に遭うだなんて、……少なくとも、常識では考えたくないことだ。
 よかったね、なんてフィシカが頷いていると、一つ声がフィシカの耳に届く。


「おお……エメリナ様じゃ……!」


 ふとフィシカが視線を移すと、そこにいたのは美しい女性。彼女の額には、クロムの右肩と同じアザ。


「あの人は……?」
「綺麗な人ね……」


 ルフレが不思議そうに、フィシカが羨望を込めた声で呟いた。
 彼女の回りには沢山の兵士がいることから重要人なことは簡単に察しがつく。ルフレに教えるよう、フレデリクが言った。


「あの方は、イーリス聖王国の聖王エメリナ様であせられます」
「え? 王がこんな街中に?」


 ルフレの疑問に答えたのは意外にもフィシカだった。その瞳は何処か遠くを見つめている。


「王様が街中に出向くのは案外珍しくもないのよねー。
 街の状態を直接見たり、王様が国の象徴なら国民の士気を高めたり」
「よく知っていますね、フィシカさん。
 古の時代、世界を破滅させんとした邪竜を神竜の力によって倒した英雄……。その初代聖王のお姿を、民はエメリナ様に重ねているのでしょう」


 フレデリクがそこまで紡ぐと、ルフレは少し感心したように頷く。そんな彼らを他所に、フィシカは底知れなく冷たい目をしていたことに、ルフレやクロムは気づかない。


「今は、ペレジアとの関係も緊張していてみんな不安だからな。
 ああやって表に出ることで、民の心を鎮めているんだ」
「……随分、慕われてるのね」


 そういうフィシカの笑顔はぎこちない。ルフレはそれを何となく察していたようだが、言葉を紡ぐことはなかった。


「そうか……良い王がいてくれて、この国の人々は幸せだね」
「……良い王か」


 ふぅ、とため息を吐いたフィシカに、


「ため息とは貴族らしくないぞフィシカくん。よかったら今から、私と一緒にお茶でも……」
「殴るよヴィオール」


 このやり取りはもはや恒例となりつつある。
 フィシカの手を取ったヴィオールの頭を、ソワレが槍の柄で思い切り殴っていた。殴るよ、というよりは殴ったよ、が適切なのだが正直どうでもいいかもしれない。


「良い王様でしょー? でしょでしょー?
 だって、わたしのお姉ちゃんなんだもんね!」
「へえ、リズの……ん?」


 何やら爆弾を投下された気分になったルフレ。硬直するルフレの前にフィシカが手を振っても反応しない。
 そして五秒後。


「え? 姉さん!? ってことはクロムたちは…!」


 ある事実に気づいたルフレはクロムの方を振り返りなんとも言えない表情でクロムを見る。
 苦笑いを浮かべたクロムに代わってフレデリクが答えを言って見せた。


「イーリス聖王国の王子様とお姫様。
 まぁ、そういうことです」
「え、ええぇっ!? だってふたりとも自警団だって!」
「というかルフレ気づいてなかったのね」
「当たり前だよ! ていうかフィシカ、君も解ってたんなら教えてよ!!」
「知ってるものだと思ってたのよ」


 ばか騒ぎをするルフレとフィシカにクロムが割って入る。その表情は楽しげであった。


「王族が自警団をやって悪い法はない」
「滅茶苦茶どやがおだねクロム」
「そ、そうなのか……あ、いや。
 そうなのですか……」


 急に敬語になったルフレに思わず微笑。対してフィシカは口調を改めることはまったくしないようだ。


「今まで通り、普通に話せばいい。敬語は苦手だ」
「フレンドリーだよねえクロム」
「いや、きっとお前には負けるぞ?」


 クロムの突っ込みには思わず一同が頷いた。そりゃあ、フレデリクにいきなりふれでっきゅんなんてアダ名をつけるやつはそうそういないだろう。
 気づいたように、ルフレが指を鳴らす。


「あ、フレデリクの口調が丁寧だったのはクロムたちが王族だったから?」
「いえ。私は誰にでもこのような感じです」


 そうでなくては素性の知れないルフレやフィシカに敬語なんて使わないだろう。

 ……余談だが、ルフレは記憶喪失である。
フィシカに出会う前日にクロムと会ったらしく、フレデリクはフィシカ同様ルフレのことも疑っているのである。
 そんなルフレにも敬語を使うフレデリクは生粋の紳士な気もする。


「姉さんが王都へ戻るようだ。俺たちも行こう」
「……王宮、かぁ」
「どうかしたの? フィシカさん」


 リズの小さな疑問に、フィシカは笑いを溢すだけだった。
 知らせるには、まだ早い。
Dear, My Doll.