09



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「……カムイ様、少々お待ちくださいませ」
「どうかした?」


 北の城塞を出て十数分後、ルドヴィカの声に気付き乗り慣れない馬を止めたカムイがじっとルドヴィカを見つめる。視線の先のルドヴィカはと言うと右前方の草むら辺を睨むようにしていた。
 カムイが止まったことに気づいたらしいカムイのきょうだいや臣下達も馬やドラゴンの歩みを止める。その様を感じ取ったルドヴィカは一人無言のままその草むらへと歩こうとした。


「ルドヴィカ……?」
「……、何かいます。確認してまいりますので暫くここでお待ちを──」
「ナニかって何だ? ちゃぁんと言わねえとわからねえぜ……?」
「──ッ!?」


 絶叫しかけた声を飲み込み、後方すぐ近くから聞こえてきたんだから声と距離を取る。ばっと振り返ればそこにいたのは十字の眼帯をした浅黒い肌を持つ男がいた。
 その姿を認めれば、暗器を持ちかけた手を止める。手を出してはならない人物は、何も王族だけではない。王族の臣下もまたその対象だろう。


「……ゼロ、お前」
「ククッ、いいねェその俺を蔑むような目……」


 心底楽しそうに喉で笑う彼はレオンの臣下ゼロだった。

 彼はルドヴィカが苦手とする人物のひとりだ。
 言葉遣いはどうでもいい、それが彼の個性なのだと割り切れば気にならない。が、態度だけはどうしても好きになれなかった。
 疑われる事には慣れている。事実彼の上司たるレオンにも疑われていることは多々あるのだから。だがゼロのそれはルドヴィカにとっては驚異に近い。

 彼がレオンに向ける忠誠心は、ルドヴィカがカムイへ向ける忠誠心と同等かそれ以上に強い。そんな彼はレオンの驚異になるものならば一切躊躇わず切り捨てるだろう。それがたとえカムイの臣下であったとしても。
 素性の知れない、自分自身もわからないルドヴィカをゼロが警戒するのは道理。だからこそそれに文句をつけたりはしないが、彼が近くにいる時は命が常に狙われているようで気が休まらないのだ。


「……用がないなら邪魔をしないでおくれよ」
「用ならあるさ、お前がこの場でレオン様たちを罠にハメようとしてないか監視するって役目がなぁ?」
「本当に信用されていないな。元より信用してくれとも思っていないが」


 あまり大きな声を出してくれるなよ、とゼロに釘を打つ。わかったのかわかっていないのか意味あり気な表情を浮かべるゼロに軽く舌打ちをして歩みを進めた。
 今度こそ誰にも止められないだろう──なんて考えはどうやら甘かったらしく、ルドヴィカには再び別の声がかけられることとなる。


「一人で行くつもりかい? そんなのだから、僕の臣下に疑われるんだと思うけど」
「……レオン様」
「ゼロとオーディンを連れていきなよ。あんたが僕らを罠にかけようとしてるんじゃなければ、悪いようにはならないと思うよ」


 気を使っているように見せた監視だというのはすぐに分かった。だからこそその申し出を断るわけにはいかない。断ってしまえば怪しく見えてしまうから。
 ならば、とルドヴィカはレオンに頭をたれた。心遣い痛み入ります、と感想を述べてすぐに体制を立て直し、ゼロともうひとりの臣下──、レオンの後方に控えていた金髪の、やたらと露出の高い衣装を着た男を見る。
 行くぞ、一度そう声をかけてみたものの金髪の男──オーディンは何かを懸念するように、そして何かを悲しむようにルドヴィカを見つめ、眉を顰めていた。


「……オーディン?」
「えっ、あっ!? ……こ、この漆黒のオーディンの目を奪い奈落へ落とすとは、やるな虚無より生まれし乙女よ……!」
「訳の分からんことを言わずさっさと行くぞ」
「お、おう」


 お前のその言葉遣いを聞いていると、理由は分からないが頭痛がするんだ。
 そんなことを言えるはずもなく、ルドヴィカは視線をオーディンから外し、今度こそ草むらへ向かって歩きだした。

 オーディンのことは嫌いではない、と思う。少なくともゼロよりは実直だし──ゼロは実直でないというよりはそう見せないようにしているフシがあるが──、仲間としては信用に足る男であるとも思っている。
 だが、どうしても長い間話をしていたいとは思えなかった。嫌いではないし、話が合わないということもない。ただ、あの独特の言い回しを聞いていると脳内がかき混ぜられるような痛みに襲われることと、時折オーディンがルドヴィカに向ける表情が酷く苦しそうに見えることが、どうしてもルドヴィカの言葉に歯止めをかけてしまうのだった。


「…………」


 そんなルドヴィカとオーディンの姿をゼロは見逃さない。レオンへの忠誠心はどこまでもどこまでも道を逸れることなく、ただレオンの脅威となる存在を排除することだけに向けられているのだから。
 十字の眼帯の奥の光を灯さない眼球は、確かにルドヴィカの──そしてルドヴィカ同様に経歴のないオーディンの過去を見つめようとしていた。

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Dear, My Doll.