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 無言のまま歩む三人。そこに会話は存在せず、ただ真っ直ぐ前を睨むルドヴィカと、その背中を警戒するように見つめるゼロと、それらを不安そうな顔で伺うオーディンの三人の間には微妙な空気が流れていた。
 ふと、ルドヴィカの視線が地面に落ち、そのまましゃがみこんだ。ゼロの手が一瞬弓にかかるものの、ルドヴィカが武器を構えたわけではないと気づいて少しだけ警戒を解く。


「……どうした、虚無の乙女ルドヴィカよ」
「足跡。大きさも強さもバラバラ……複数人の、男か。あまりいい靴を使ってるわけではなさそうだな……賊か」


 独り言のように零す。どれどれ、とゼロもしゃがみこんできたがあまり気にしないようにした。
 確かに、地面には足跡が刻まれている。それもルドヴィカが言ったように、複数人の男がつけたと思われるもの。


「へぇ……目はイイみたいだな、お前」
「私もお前達と同じように臣下なんでね」
「……闇が囁いている……、邪なる悪鬼に取り憑かれし者共が、黒き夜の使者を捕らえんとしていることを……!」


 理解し難い言葉の羅列に一瞬顔を顰めるルドヴィカ。引き起こされた頭痛を振り切るように何が言いたい、と口を開きかけたその瞬間、遠くから空気を切る音が近づいてきた気がした。


「ッ、」


 体と顔を数cm後ろずらし、飛来物をすんでのところで避ける。がっと大きな音がしてその飛来物は真横にあった木へと突き刺さった。
 斧。ルドヴィカの顔ほどの大きさの刃を持つ斧が木に刺さっていた。気づくのがあと数瞬遅ければ、あの斧が刺さっていたのは木ではなくルドヴィカの顔だっただろう。


「斧……」
「……女の顔を目掛けてコレを投げるその度胸だけは認めてやろう。出てこい、いるのはわかっている」


 斧が飛んできた方向へ再び視線を移し暗器を手に取る。切っ先をそちらへと向ければがさりと小さくくさをかき分ける音がして、それらは姿を現した。
 お世辞にも上品とはいえないような笑みを携えその手には斧。大小差はあれど似たような風貌をした男達が、ルドヴィカ達を取り囲んでいる。ルドヴィカの予想通り、賊だろう。
 卑しく細められた彼らの目は間違いなくルドヴィカらを射抜く。その状況は常人から見れば恐怖の対象だろうが、ルドヴィカらにとってはそうではなかった。


「お前達か? この斧を投げたのは。理由はなんだ」
「理由ねぇ、金品目的っつったらわかるか?」
「……私が傷つくのはどうでもいいんでね、斧のことについて云々言うつもりはない。だが金品目的と称し私の主たちに危害を加えられるのは困るからな、主らにその刃を向けないように……、……話し合いで解決できれば一番なのだろうが、そのつもりはないのだろう?」


 向けた切っ先をそのままに、暗器を強く握り直す。戦いを避けることはできないということは、嫌というほどわかっていたから。
 ずっとそうして生きてきた。生きる場所を失ったルドヴィカにとっての生き方とはそれしかなかった。自分の××が××だ×から、……。


(……、……?)


 ずっと、とは、いつからの話だろう。
 今ここにいるルドヴィカには、あの城塞にいる間の記憶しかないというのに。生きる場所はあの城塞だというのに。あの城塞の中では訓練はあれど、戦うことなんてない、はずなのに。
 なぜ戦いを避けることが出来ないなんて分かったんだろうか。記憶を失う前のルドヴィカはそうして生きてきたのだろうか。自分の何がどうなったときから、こうして。

 ぐるり、ぐるり。余計な思考がルドヴィカの頭を駆け巡る。自分は一体、何を──。


「──ルドヴィカッ!」
「……オーディン、?」


 ルドヴィカの意識を呼び戻したのはオーディンの声。虚無の乙女、なんて呼び名ではなくルドヴィカ自身の名前を呼ぶその声は、何処か悲痛な響きを孕んでいた。


「おいおいルドヴィカ……敵を前にしてぼーっとしてたらすぐにヤられちまうぜ?」
「……息上がってるぜルドヴィカ、大丈夫か」
「え、──あ」


 言われて気づいた。ゼロの言う通り思考は完全に目の前の賊から逸れていたし、オーディンの言う通り、何もしていないというのに呼吸は浅くなっていた。そして、冷や汗をかいていることにも、ルドヴィカは気づいた。
 さっきの感覚は何だったのだろう。忘れていた何かをたまたまつかんでしまったような、そしてそれを無理に繋ぎ合わせようとしていたのかもしれない。そのすべてに意識を持っていかれ、無理をしたから呼吸が荒れたのかもしれない──。

 そう自己完結させたルドヴィカは一度強く唇を噛む。痛みで完全に意識を呼び戻し、目の前にある事象に集中するために。


「……待たせてすまないね。でははじめようか。君たちは自分の欲望のため、私たちは自分たちの主のための、戦争をね」
「っは、何を寝ぼけてやがる? こんなもん戦争でもなんでも──」
「否、戦争さ。戦い争うのだからね。ただ……」


 視線だけを動かして、気配を感じとって、ルドヴィカはカムイには決して見せないであろう冷笑を浮かべる。
 まるで勝利することが絶対だというようなその顔は、酷く歪なようで、ひどく美しかった。


「その数でいいのか、本当に?」


 くすくすと笑ったルドヴィカの自身は、一体どこからきているのか。失った過去にあるのかもしれないが、ルドヴィカ自身、そんなものは知らない。

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Dear, My Doll.