11
勝負が決するのは一瞬だった。
「遅い」
え、という声が聞こえた気がした。そんな言葉を聞き届けることすらせず、ルドヴィカは男の内の一人と一瞬で間を詰める。
男の瞳に写ったのはルドヴィカの黄色い右目。そしてそれが、男の目が最期に写した光景だった。
叫び声も呻き声もなく男は倒れ込む。その首から流れた赤い液体は、確かにこの地を濡らしていた。
何が起きたんだろう。その場にいた全ての賊の思考がそれに染まる。だがその間もルドヴィカは止まらない。
なぜならこれは、彼女にとっては戦争だから。やらなければ殺られてしまうから。何処でそんな考えを学んだかなんて覚えていないが、ルドヴィカの心がそう叫んでいた。
「!」
地を力強く蹴り、別の男の前へ瞬時へ詰め寄る。即座に意識を目の前に戻したが、遅かった。既にルドヴィカは手に持ったナイフをその喉目掛けて突き出していたのだから。
声を聞き届ける前にそのナイフは男の喉を切り裂く。二人目が倒れ込んだ時、ようやく他の賊達は我に帰って臨戦態勢へと入った。
実践的──否、実戦的過ぎるその動きは恐らく城塞内のみで培ったものではない。それがどこ由来のものかは分からないが、それは確かに殺す≠スめの動きだった。
そしてルドヴィカは自分でも驚くほどに、殺すことへの躊躇いがない。一歩間違えれば呼吸をするように人を殺してしまうような、そんな自然な動作、或いは感情でナイフを振るっている。
こんな姿、カムイ様に見せたらどう思われるのだろう。そんなことを頭の片隅で考えて──。
「この、クソアマァ!!」
聞こえてきた声とともに背後で振り下ろされる斧。それを最小限の動きで躱せば賊は自分で振った斧に振り回され体制を大きく崩す。
至って冷静な、そして冷酷な瞳をしたルドヴィカは、ひとりでに倒れていく男の首にナイフを押し当て勢いよく引いた。飛び散る鮮血がルドヴィカの頬を染め、思わず苦々しい顔をする。
「調子に乗るんじゃねーよ!」
「……調子など乗った覚えはないのだが」
そう見えてしまったか。など、呑気に呟くや否や声が聞こえた方とは逆側に体を反らす。と、反らした先では別の賊がルドヴィカに切りかかろうとしていた。なるほど、挟み撃ちか。小さく微笑む。
何がおかしい。そういいたげな賊に答えることはしない。その代わりと言っては何だが、たしかに変わったことはあった。
視界が嫌に明るい。
日の登らない暗夜王国で視界が明るくなるということはそれだけで異常だが、それだけではない。
じりじりと焼け付くような熱。まるで至近距離に炎があるような感覚。ルドヴィカに切りかかろうとしていた賊ははっとして熱の発生源を探す。遅かった。
「必殺! アウェイキング・ヴァンダー!!」
そんな高らかな声とともに炎が賊を包み、焼いた。焼いたなどと生易しい表現では足りない程勢いよく、無情に。炎が消えた時そこにあったのは、炭化してしまった人だった≠烽フ。
あまりの威力にルドヴィカも苦笑いを浮かべる。まったく、その言葉使いさえなければ付き合いやすい奴なんだが。そんな呟きとともに視線を向けた先には、魔道書を構えたオーディン。
「ふっ、この俺を──漆黒のオーディンを忘れてもらっては困る」
忘れるも何も今まで行動していなかったのはお前だろうに。その言葉を口にすることはなく、姿勢を立て直したルドヴィカは手のひらで鞘付きのナイフをくるくると回した。
まだやるのか、と聞いてみたがどうやら向こうは仲間を殺されたせいか引くに引けなくなったらしくこわごわと斧を構えていた。
ふと、茂みへと視線を移す。つられて賊たちもそちらへと目を向ければ、同時に飛んできたのは矢で、それは綺麗に賊一人の眉間を貫いた。
「っ……!?」
「どうだ? 俺のぶっといのの味は」
がさりと茂みから出てきたゼロ。その手には弓が掲げられていた。
どうやら戦闘が始まった直後から身を隠していたようで、狙い撃ちの機会を窺っていたらしい。元々弓は前衛には向かないので何も言わないが、一人で隠れているうちに襲われたらどうするつもりだったのだろうか。
考えても仕方が無いので、ルドヴィカは手のひらで回していたナイフを鞘から抜いてリーダー格らしい賊へ向けた。
「……さぁ、まだやるか? たった≠フ三人に、その人数≠キべて殺されるまで、無駄な戦いを続けるか?」
問いかけの口調ではあった。だがそこに選択肢は用意されていないことは誰にでもわかる。
失せろ、さもなくば殺す。言葉の裏に隠れた真意を汲み取ったのか否かは分からないが、それでも賊たちは一人、二人とその場から姿を消していった。
「…………」
そんなルドヴィカの背中を、彼≠ェ悲しげな目で見つめていたことは、誰も知らない。
back