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「……逃がしてよかったのか? 全て殺して帰れば、レオン様もお悦びになられただろうに」


 ふと、ゼロがそんなことを口にした。意味あり気な言葉遣いとは裏腹に、その表情は何処か暗さを秘めている。
 ルドヴィカは一瞬だけ目線を投げかけて、すぐに視線をそらしたかと思えば、踵を返しカムイ達がいた場所へと向かう。


「構わない。あれらも暗夜の民だ、無駄に命を奪うことなど、カムイ様は望みはしないだろうからな」
「カムイ様は、ねェ」


 何か問題でも? と問おうかとも思ったが、やめた。どうせゼロのことだ、聞いたところではぐらかされるのがオチだろう。
 そんなルドヴィカの胸中を知ってか知らずか、ルドヴィカへ一つ声がかけられる。もうひとりの同行者の声だ。


「……虚無より生まれし乙女よ」
「なんだ?」


 やはり一瞬だけオーディンへ視線を投げかける。彼の顔に浮かぶ表情も明るいものではなかった。ただしゼロとは違う種類の──、形容するならば何かを心配しているような、そんな表情だった。
 表情の意味が気になった。気にはなったが、何か突っ込むような真似はしない。何故かはわからないが、彼と深く付き合ってはならないような予感がしたから。


「何故お前は、あの白き闇の王子へ傾倒している? 風の囁きによれば、貴様には過去がない、とのことだが……」
「ふむ」


 ぴた、と足を止める。つられてオーディンとゼロも足を止めた。問いかけた本人であるオーディンは元より、ゼロもやはりそれは気になるようだ。敵──というより、得体の知れないルドヴィカの情報を得ようとしているらしい。
 無論、ルドヴィカの口から語られることが真実か否か、彼らに見極める術はない。それでも聞いておくに越したことはないだろう、と判断した結果だろうか。


「私には記憶がない」
「…………」


 ぽつり、言葉を落とす。いつもと変わらないトーンで、しかし確かな重みを孕ませて。この言葉のどれだけが、彼らに信用してもらえるかはわからないが。


「ある日目覚めると全ての──、と言っては語弊があるか。自分の体に染み付いていた生きるための術、生活に必要なこと、そして戦う技術以外の全てを忘れて、私は北の城塞の地下牢に伏していた」


 思い返すのは目覚めた日のこと。
 今まで何をしていたのか、自分は何者なのか、どうしてこのようなところにいるのか──、わからない、思い出せない。
 名前も、自分がしてきたことも、全て思い出せないという恐怖は並大抵のものではなかった。伏していた床の冷たさは今でも覚えているというのに、大事なことは何一つ思い出せない。


「その名前はどうした? 何も思い出せない、というのなら名前も……」
「教えてもらったんだ、カミラ様の臣下……ルーナ、という少女に」
「! ……ルーナが。だから、本名で……」
「ん?」
「あぁいや、……続けてくれ」


 オーディンのおかしな言い方に引っ掛かりを覚えたが気にしないことにした。というよりも、彼のおかしな言い分はいつものことなので気にしていたら話が進まないと踏んだ。
 何処まで話せばいいのだろう。そんな疑問が頭を掠めるが、なるようになると思い立ち、思いつくままに言葉を連ねていく。


「ルーナと言葉を交わし、自分の名前を知る。その後今まで私は何をしていたのか、ここはどこなのか、と問おうとした時に……確かオーディン、お前が現れたんだ」
「…………」
「私を呼んでいる人がいる、と。牢の鍵を開け私の腕に拘束魔法をかけ、連れ出したな」


 じ、とオーディンの瞳を見つめる。ルドヴィカはオーディンの瞳が苦手で仕方がなかった。記憶の奥底にいる誰か≠ノ思えてしまって、その誰かはわからなくて。酷く頭痛と嫌悪感がして、気分が悪くなってしまう。
 それでも、それでも見なければならない気がしている。その誰か≠思い出さなければならない気がしている。だから、ルドヴィカは彼の目を見る。それが記憶を呼び起こしたことは、今まで一度もないが。


「ただ気になったのは、あの時お前が私にかけた拘束魔法がやけに緩い──、弱くかけられていたことなのだが。あれは私が逃げないと信じてのことか?」
「……そんなのもう忘れたさ。話には直接関係ねえだろ?」


 口調が元に戻った。何を思ってのことかは知らないが戻った口調に何処か違和感を感じる。
 それでも確かに、彼の言う通りこれらは話に直接関係のないことだ。深く追及することはせず、話を続けた。


「ルーナに見送られ、オーディンに連れられ。……ついたのは、北の城塞で一番広い部屋。そこにいたのは、カムイ様たちと、ガロン王──」

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Dear, My Doll.