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「うっさい、もう少し声量を落としなさいよねバカ」


 少し言い過ぎな気がしなくもないが、ルドヴィカの思っていたことを全てルーナが言ってくれた。そのことに少々感謝しつつも、やはり言い過ぎだ。現にその言葉を向けられた声の主たる金髪の少年は項垂れていた。
 そんなことよりも、だ。ルドヴィカはまた違和感を抱えていた。あの不可解な言い回しに、そしてその声の主の風貌に。何故かはわからないが、とても懐かしい気がした。それと同時に、頭痛も。


「で? 何の用よオーディン。あんたレオン様の側離れていいの?」
「その昏き夜を司りし王子とその偉大なる源より承りし言の葉によりこの漆黒のオーディン、宵闇に眠る虚無を現へ連れ帰るため舞い降りた」
「……?」


 およそ理解出来ない言葉の羅列に思わずきょとんとしてしまう。唯一わかったことといえばオーディンという固有名詞がこの少年の名前らしきことか。
 くらきやみをつかさどりしおうじとそのいだいなるみなもと……、と口の中で復唱してみてもやはりピンとこない。そもそも殆どのことを思い出せないので、知っていても忘れてしまっているという可能性もなくはないが。
 もしも記憶を失っていない自分がこれを聞けばその意味がわかったのだろうか、なんてぼんやりと考えているとルーナがちらりとこちらを見た。


「……『レオン様とその父ガロン王の命令により、牢で眠るルドヴィカをガロン王の元へ連れていくためにここに来た』、らしいわ」
「そ、そうか……」


 今の言葉の羅列を理解出来たらしいルーナに言いたいことは多々あったが、お陰で彼が何を言わんとしているのかはわかった。何故そうしなければならないのかはいまいち理解出来なかったが。

 そもそもレオン様とやらとガロン王とやらが誰かわからない。昏き夜の王子≠ニその偉大なる源≠ネのだからそれ相応の身分なのだということは理解し飲み込んでみた。
 なぜそんな身分の人が牢に伏している私などを──。考えても考えても答えなんてものは出ないが考えずにはいられなかった。
 あの少年に聞けばわかるのだろうか、と彼に目を向けるとちょうど彼もこちらを見たらしく視線が絡む。と、彼の表情が驚愕に染まっていった。


「……って、ルドヴィカ! お前目覚めたのか!? 怪我は!? 平気か!?」
「う、わっ?」


 変わった口調とともに檻越しに近づいてくる。先程のルーナの時は同性ということで抵抗なんてものはなかったが、異性に勢いよく迫られるのはいくら檻があるとはいえ少し怖い。恥じらいだとかそういうものを感じているわけではないが。
 そう思ったのも束の間、彼は檻の中に手を入れてきた。それだけならまだ良かったのかもしれないが何故かぺたぺたとルドヴィカの頬を触る。一体何がしたいのか分からず、再びきょとんとしてしまう。


「……怪我はねーみてえだな、よかった……」
「にゃに、を……」
「オーディンあんたばかなの!? ばかね!? いきなり女の子の頬触るとか何がしたいわけ!?」
「えっ!? いや待っ、なんでそんなにおこってんだよ!? こんなこと前からずっと──」


 前からずっと。つまりルーナと少年は昔からの知り合いということだろうか? そして──もしかすると、自分自身も。
 いつまでたっても何も思い出せないが、少しずつ冷静になってきたのか周りの状況を把握することはできるようになってきた。それで何か状況が変わるというわけではないが、何も理解出来ないよりはましだ。
 つままれた頬をそのままにじっと目の前の少年を見つめる。整った顔立ちで少しだけあどけなさを残していたが、同時に何か暗い印象も抱かせた。


「……ルドヴィカ、記憶喪失みたいだから。ルドヴィカにとってあんたは顔も名前も知らない赤の他人、そんな人に顔触られていい気すると思う!?」
「……え?」


 そう。自分の記憶に彼はいない。否、いたのかもしれないが、その記憶を失っているのだから、ルドヴィカにとって彼は赤の他人だ。
 しかしルドヴィカにとってそれは確かな事実ではあるが、少年にとってはそうではないらしく、ルーナがそうだと知った時と同じ様に少年も落胆したような表情へと変わる。ルドヴィカの頬を摘む指がゆっくりと離れて、彼は姿勢を正した。


「……俺は漆黒のオーディン。虚無より生まれし乙女──ルドヴィカよ、我が主が汝の身を欲している。この冷たき呪縛から解き放たれ昏き夜に身を浸すがいい」


 ……やはりわからない。何を言っているんだ、とルーナに視線で助けを求めれば「取り敢えずついていけばいいんじゃない?」と返された。ついていくもなにも、自分は檻の中にいるのに──と思った直後、がちゃんと何かが稼働したような音が響いた。
 不思議に思って音の発生源に視線をやる。暗くて見えにくいが、辛うじてオーディンが牢の鍵を開けたのだということは分かった。ぎ、と音を立てながら檻の扉が開く。


「……出ても、いいのか?」
「ああ。……だがこの夜の支配者の世界に顕現するためには枷が必要だ」
「枷?」


 少年オーディンに問いかける。彼の眉がハの字に下げられた気がして、思わず首をかしげた。瞬間両手首にずんっとなにかの重みがかかる。
 ふと両手首に目線を落とすと、そこには黒い鎖のような何かが両手首を固定するようにまとわりついていた。振りほどこうと手首に力を入れてみても消えなかった。ただ、強く固定されているわけではないらしく、多少の自由は効く。


「……悪いな、ルドヴィカ」
「?」
「否、……なんでもない」


 なにか謝罪が聞こえた気がした。何に対する謝罪なのか、どうしてそんなことを言うのか。分からないが、彼の苦痛に耐えるような表情を見ていると何も言えなくなる。
 オーディンは何も言わないまま、踵を返す。ルーナを見ればついていきなさいよね、と視線で示唆された気がして、ルドヴィカはオーディンの背中を追いかけた。

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Dear, My Doll.