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 ……どれほど歩いたのだろうか。
 そこまで長い時間ではなかったのだと思うが、ただ無言のまま歩くその時間はお世辞にも楽しいものとは言えず、実時間よりも長い時間歩いていたように思えた。
 何か話したほうがいいのだろうか。ルドヴィカの胸中にそんな思いがこみ上げてくるものの、上手い具合に話の内容になるようなものが見つからない。

 どうしたものか、と頭を悩ませた時、前を歩いていたオーディンの足がピタリと止まった。つられてルドヴィカも足を止め、彼の次の行動を待つ。
 やがて彼はゆっくりとこちらを見て、眉を下げたまま口を開いた。


「……これから向かうのはこの暗夜王国を治める王──、暗夜王ガロン様のもとだ」
「ガロン……さま」
「あの人は気が短い、……なるべく怒らせないようにしてくれ」


 微かに声が震えた気がする。だがそれが恐怖からではないことはなんとなく伝わった。
 どうして、と喉まで来ていた言葉を飲み込む。ルドヴィカのことを心配するような、そんな表情を見ていると、何も問えない。
 記憶のないルドヴィカにとってガロンとやらは何者でもないが、そうではないオーディンたちはガロンに対しなにやら思うことがあってもおかしくない。否、それで普通だ。
 無言のまま、小さくルドヴィカは頷く。オーディンは少しだけ口元を緩め、ふっと笑った。


(──誰かに、似ている気がする)


 それが誰なのかはわからない。わからないが、ルドヴィカは確かにそう思った。
 馬鹿馬鹿しい。それが後にルドヴィカの語る自身への印象である。記憶がない、誰と知り合いだったのかも分からないのに似ているなんて、そんなことわかるはずもないというのに。


「……じゃあ行くぞ、ルドヴィカ」


 それでも、かけられる声の懐かしさがどこか拭えなくてルドヴィカは少しだけ顔を顰めた。踵を返していくオーディンの背中は間違いなく初めて見るものだというのに、何故か知っているような気がして、記憶の糸を手繰り寄せる。その糸はすぐ途切れていて、さっき目覚めて以前の記憶はどこにもないのだが。

 がちゃり、と扉の開く音がする。目の前にいたオーディンが扉を開いたらしい。その音で思考が現実へと戻ってくる。
 考えても考えても答えなんてものは出なかった。ならば彼について行くしかない。そう割り切りオーディンが開いた扉を追いかける形でくぐり抜け──。


「──っ!」


 重い。
 ひたすらにそれ≠ヘ重かった。一歩扉の向こう側へ足を出しただけだというのに、ルドヴィカにまとわりつくそれ>氛汞ただの空気≠ヘ確かな重みを、痛いほどの質量を持つものへと変質した。

 今までいた廊下や地下牢とは確実に違う、何か異質なもの。その場にいるだけで押し潰されそうになる圧迫感。そんなものを、ルドヴィカはこの空間の空気に感じていた。
 足が震える。潰されそうになる。それでもなんとか自我を保てていたのは、先に行くオーディンがちらりとこちらを見て心配するような顔をしたから。心配してくれる人がいるという、ある種の安心感からだった。


「ご苦労だったね、オーディン」


 オーディンのものとは違う、威厳を持った声が響く。は、と声のする方を見ればそこにいたのは金の髪を持つ綺麗な顔立ちの少年がいた。歳はあまり変わらないのだろう。だが、彼の纏う雰囲気はオーディンのものとは全く違うもので──そして不思議と、この異質な空気に馴染んでいた。

 遅れて気づく。この異質な空気に馴染んでいる人物は、何もあの少年だけではない、と。
 眉間に皺を寄せ訝しむようにこちらを伺う金髪の男に、紫色の髪を靡かせ微笑む女性、ツインテールを揺らしながら興味津々といった様子でじっとルドヴィカを見つめる少女に、四人とはまた違った雰囲気を持つ、白髪赤目の少年。

 そして、この異質な空気の根源のような存在──。


「……歓迎してやろう、青の少女」


 その存在が暗夜王ガロンだと気づくまで、そう時間はかからなかった。

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Dear, My Doll.