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 地面に落ちたそれ≠見つめた。無機質な冷たさは鋭利な輝きを孕んでいて、少なくともそれを持つことが正しいことだとは思えない。……正しくあってはならない。
 それ≠ヘ人殺しの道具だ。無論ほかの用途にだって使えるだろう。だが片手で人を突き刺すことの出来る大きさであるそれが、どのような目的で作られているかなんてひとつしかない。


「ラズワルド、ピエリ」
「はいなの!」
「……はい」


 マークスが声をあげると、彼の後ろに控えていた灰の髪をした男と鮮やかな水色の髪をした少女が己の前へと出る。代わりにマークスが元の位置へ。彼、彼女がラズワルドとピエリなのだろう。
 少女はニコニコと心底楽しそうな顔でこちらを見ている。対する男は微笑みながらも、どこか──どこか、苦しそうな目をしているのは、気のせいだろうか。


「はじめまして、可愛いお嬢さん。僕はラズワルド、よろしくね」
「ピエリはピエリって言うの!」


 ──まただ。またあの違和感だ。ピエリやガロン王、マークスらには感じなかった違和感がある。
 あの、ラズワルドと名乗った男に。

 その名を疑うつもりは無い。だがどうしても、やはりその器に当てはまる言葉ではない気がしてしまう。ルーナやオーディンと同じように。
 ルドヴィカのそんな違和が解消されることはなかった。ルドヴィカがそんな違和感を覚えたとて、それよりも何よりも、もっと深刻な事態が広がっていることに変わりはないのだから。


「マークス様からも説明があったけれど……今から君は僕達と模擬戦を行ってもらうよ。君みたいに可愛い子は、本当はお茶に誘いたかったんだけど」
「……模擬戦、なんて」


 軍や兵隊じゃあるまいし、と口に出しかけて噤む。記憶のない自分にとって、それが縁の遠いものなのかは分かるはずもなかった。だから、否定の言葉も紡ぐことが出来ない。
 地面に落ちたそれ>氛沍浮手に取った。輝きこそ鈍いが、わかる。真剣だ。嫌に手に馴染むことに気づいてぞっとした。


「……模擬剣ならともかく、これは……」
「うん、お察しの通り真剣だよ。掠れば切り傷がつくし、喉をつけば気道が裂ける。心臓を貫けば、死ぬよ」
「ふざけ……っ」
「ピエリたちふざけてないのよ! えいって殺しちゃって死んじゃったらそこで終わりなの!」


 きゃっきゃと話すピエリの笑顔に背筋が凍った。どうやら本当にふざけていたり冗談だったりするわけじゃないらしい。
 この笑顔は、本物・・だ。人を殺すことに躊躇いのない顔だ。その上で、ルドヴィカに真剣で模擬戦を行え、と言っている。対してラズワルドは、落ち着いた様子ながらもこちらを窺うような顔を見せているのだが。
 ならば、普通に拒否したとて──そもそも牢に入れられていた自分に拒否権なんてあるわけもないのだが──聞き入れられるはずもない。何をしても死ぬような状況だというのならば、交渉してみてもいいだろう。


「……当方にメリットがない。お前達は私とそれを行うことでなにかメリットがあるのかもしれないが、私は命を賭してそれを行う必要も、意義も、益もない。どちらにせよ死ぬのであれば、不要な労力を使わねばならない理由もあるまい」
「……そうだね。君の言う通りだ、ルドヴィカ。……マークス様」
「成程。人の言うことを聞くばかりの傀儡でもないか」


 当然だ、と出かかった言葉を飲み込んだ。彼の目に自分がどう映っているかは分からないが、自分はれっきとした人間だ。だからマークスに何かを言うべきでないことはわかっているし、逆にラズワルドとピエリ相手ならばある程度の口答えは許されると踏んで発言しているのだから。
 マークスは一瞬ガロンに対して目線を送った。対してガロンの方は好きにしろ、と言いたげな目をしている。その視線を見たマークスは、一つ息を吐き出してからこう告げた。


「お前がそれなりの実力を示せば、お前の命は守られる。私が保証しよう」
「…………」
「疑いの目か、だろうな。その反応は正しいものだ」


 到底、信じられるものでは無い。結局のところは向こうの匙加減で、その決定に関してルドヴィカの意志の介入などありはしないのだから。
 無論そのこともマークスは承知だったのだろう。というよりも、疑うかどうかを試されているのかもしれない。食えない男だ。


「暗夜の第一王子、マークスの名にかけて誓おう。……とはいえ、信用に足るような条件はこちらから提示しない。信じるかどうかはお前次第だ」
「…………ならば信じます。元より選択肢などない身にその言葉を頂けたことそのものが温情と言うものでしょう」


 彼が言った言葉が何処まで本当なのか、ルドヴィカに確かめる術はない。これ以上足掻くことは出来ないだろう。ならばすることは一つだ。
 信用できるかはわからない。嘘を並べられたのかもしれない。だが少しでも生きることの出来る可能性ができたのならば、その可能性をみすみす捨てるような馬鹿な真似はするものか。

 柄を握り直す。ほんものの重さが、何処か手に馴染む気がした。

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Dear, My Doll.