01



「……、また、あの夢か」


 ゆらりと体を起こして苦い顔。自分の淡い青色をした長い髪が体にまとわりつくのが少しだけ煩わしくて、手が届く場所にあった髪留めを手にとって簡単に留めた。
 暫しぼーっとしながら天井を見つめれば、今朝見た妙にリアルな夢に思いを馳せながら溜息をこぼして、ルドヴィカはベッドから足をおろす。

 暗夜王子マークスに剣を向けるだなんて、夢の中の自分は随分と命知らずなことをする。なぜ夢の中の自分は、あんなことをしていたのだろうか。

 あの夢の最後に、恨んでもいいよ、だなんて誰が言ったのだろう。
 ひどく聞き覚えがある気がしたが、ルドヴィカには生憎ここに来る以前の記憶がない。
 そんなことを考えながら、ルドヴィカは着ていた上着を脱ぎ捨てた。


 暗夜王国、北の城塞。
 ルドヴィカはこの地で、執事として住み込みで働いていた。

 本来ならば性別的にメイドというべきなのだろうが、残念ながら彼女は元来のがさつさが災いし、メイド服を着ると主の前で下着が見えてしまうかもしれないと言う理由でメイド服を着る必要のあるメイドではなく、バトラーという立場に立っている。
 傍目から見れば男装ではあるが、それをどうこう思ったことは一度もない。むしろお淑やかに振舞わなくていいのだからこの方がいい。


 ルドヴィカが仕えているのは暗夜王国第二王子である存在。彼は名をカムイと言った。
 カムイは他の王子王女とは違い体が弱い。故にこの結界が張ってある城塞でしか生きていけないのだと、この場所に来た当初この国の王たるガロンに何度も聞かされた。


 そんなのは嘘だ。


 何故かはわからないが、ルドヴィカはそれを嘘だと見抜いていた。本当に、なんの根拠もないのだが。
 強いて言うとすれば、この城には結界なんてものは張っていない。なぜ気づけたのかは自分自身わからないが、それでも自信を持って「この城塞には結界なんてものはない」と言える。
 それを言ったところで、どうにもならないので黙っておくが。

 全ての服を脱ぎ捨て、かけてある自分のバトラーとしての服を手に取る。
 同僚のものと少し色合いが違うのは、自分が同僚に似ているからか、それともただルドヴィカが女子だからという偏見からだろうか。
 用意されたその服をしばらく見つめてそんなことを考えてみたが、このデザインが気に入っていないというわけではないので黙っておく。

 もし。
 もしもそんなことを暗夜王ガロン王にでも聞かれたら──一瞬だけそう考えて、頭を振り考えを断ち切った。
 と同時に、部屋の扉がガチャリと音を立てて開く。こんな時間から誰だ、とそちらを見てみれば銀髪をした同僚がいる。異性だ。


「……ああ、ジョーカー」
「てめぇ、着替え中なら先に言え」
「無茶を言わないでくれないか、ノックもせずに入ってきたのは君だろ……」


 そう言いながら取り敢えず服を適当に着る。ジョーカーは部屋を出ていくわけでもなく、またルドヴィカもそれを咎めるわけでもない。
 二人がそんな態度をとっているのは、互いが互いの性格を知り尽くしているからだろう。そうでなくても、ルドヴィカは異性に裸を見られたとしてもどうとも思わないのだが。

 ジョーカーの視線がルドヴィカの胸元に向けられる。普通の男ならそこに対してなにかの感情を抱くのだろうが、ジョーカーは今更ルドヴィカにその感情を抱くこともない。
 ただ、気になることがある。


「……前から気になってたんだが、その痣はなんだ」


 ん? とルドヴィカが小さく首を傾げる。ジョーカーの視線をなぞるように自分の胸元に目をやれば、そこには何かの形を模したような痣が確かに刻まれていた。
 ああ、と小さくつぶやき、ルドヴィカはその痣を指先でゆっくりとなぞる。


「何だろうな、……そもそも私にはここに来る前の記憶がない。記憶があれば、わかったのかもしれないけれども」
「あー……そう言えばそうだったな」


 だからといって謝るようなことはしない。ジョーカーという男はそういう男だった。
 そんな彼を横目に服を着直す。普段通りの格好になってからジョーカーを見直して、一息おいてから言葉を紡ぐ。


「それで? 用事は痣のことだけじゃあないだろう。いったいどうした?」
「あぁ、今日はマークス様がここに来る。マークス様だけじゃなく、カミラ様、レオン様、エリーゼ様もだ。マークス様は既に用意をなさっている」
「そうか、ありがとう」


 一国の王子王女が離宮に会するということか。一人でなんとなく納得して髪の毛を束ね、きちんと括り直した。
 失礼のないようにしなければ、と心をしっかりと持ち直しジョーカーに視線を投げれば、彼は再びガチャと扉を開け、自分たちが仕える主人の元へ向かうために歩む。

 今日は普段よりも騒がしい。
 皆が皆、カムイやマークス、カミラ、レオンにエリーゼに粗相がないようにと慌てているのももちろんあるが、普段王城にいる彼らの臣下もここに来ていて人が多いことも関係しているのだろう。
 ルドヴィカは歩く。ジョーカーと共に。何も変わらない一日がこのまま続くと信じて疑わず。


「……、ルドヴィカ……」


 すれ違ったグレイの髪をした男が、小さくルドヴィカの名前を呼んでいたことを、ルドヴィカもジョーカーも知らない。



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Dear, My Doll.