03



 金属同士がぶつかり合う甲高い音がした。
 訓練と言えどカムイに手を抜いてる様子はない。反するように、カムイの訓練相手は涼しい顔でカムイの剣を受け流していた。

 ルドヴィカはその光景を見つめる。
 普段の訓練ならばカムイの相手をしているのはルドヴィカだが、今日ばかりは違った。

 カムイの相手をしているのはこの暗夜王国の第一王子、マークス。──夢の中のルドヴィカが剣を向けていたその人である。

 夢の中の自分は、本当に馬鹿だ。
 カムイの剣をいとも簡単に受け流してしまうあの人に、剣を向けていたのだから。
 何をどうしたらあんな夢を見ることになるのだろう、そんな疑問が脳裏を過り思わず顔を顰めた。


「眉間に皺が寄ってるよ、ルドヴィカ」
「っ!」


 不意に声をかけられ姿勢を正す。柔らかい声質の中に何処かはっきりとした響きを持つそれは、ルドヴィカにとっては遠い遠い存在──でなければならないはずの、人の声。
 んんっ、と軽く咳払いをし表情を柔らかくする。視線を少しずらしてその人へ声をかけた。


「……お見苦しいところを見せてしまい申し訳ありません、レオン様」
「見苦しいとは思っていないけれどね。君はどうも、物事を難しく考える癖があるらしいから」
「…………」


 否定はしない。自分の癖は分かっている。確かにこの人の言うように、ルドヴィカは自分やカムイに関わる事柄は難しく考えるくせがあるのだ。
 ただの執事であるルドヴィカのそれを、この人──暗夜第三王子レオンがそれを知っていることには、些か驚きを覚えたが。

 暗夜第三王子レオン。マークスやカムイの弟に当たる少年である。
 まだまだ若いが──といってもカムイとは大差ない──、その気品や態度は正しく暗夜王子の風格で、その美しい見た目に似合わぬ程の威厳を持ち合わせている。
 剣の扱いに長け──しかし彼自身は兄マークスの腕には及ばないと認識しているようだ──、そしてそれと同時に勉強の方も卒なくこなす。
 それに加えて魔道の才能は暗夜王国一と謳われても可笑しくない実力を持っていて、文武両道とは彼のためにある言葉のようだと思える。

 そんな立場や人柄であるレオンだが、ルドヴィカとは案外距離が近かった。否、本来は近くにいては駄目なのかもしれないが、レオンにとってそんなことはどうでもよかった。
 ルドヴィカはカムイの臣下であるし、その中でもとりわけレオンやカムイらと年齢が近い。そういうこともあってか、レオンは比較的ルドヴィカに対して好意的であった。
 勿論、全面的に信頼をおいているというわけではないし、二人が好意的に接することを快く思わない者も多少なりとも存在するので、ルドヴィカは一線を引いた接し方をしているが。


「一体何を考えていたの?」
「……いえ、特には。少なくとも、レオン様にお伝え出来る程面白い内容では」
「……まぁいいけれど。君は相変わらず読めないな」


 読ませるつもりも読ませないつもりもないのだが、そんなに読みにくいのだろうか。と思案仕掛けて止める。そんなことを考えれば、きっとまた眉間に皺が寄るだろう、と。
 ちらりとレオンを盗み見る。赤い双眸はじっとこちらを見つめていた。すぐ目を逸らすつもりだったが、視線が絡んでしまいそれも叶わぬこととなる。


「……僕は君を信じたい」
「お言葉ですが、私はカムイ様の臣下。そして記憶を持たぬ身。そんな私と関わりすぎては、レオン様の身が危なくなる可能性もあるかと存じますが」
「だからこそ、だ。……僕はまだ君を信じ切れていない。カムイ兄さんのことを裏切る可能性もあるのかもしれないと危ぶんでいる」


 賢明な判断だ。記憶がないのは本当のことだが、当事者たるルドヴィカ以外にはそれが嘘か本当か見破る術はない。そしてそうである以上、ルドヴィカのことを疑うのは真っ当であった。
 そして本当に記憶喪失だとしても、記憶が戻った時にどうなるかはわからない。
 他国──白夜王国からのスパイだったとしたら?
 カムイの暗殺を命じられたのだとしたら?
 そういう可能性ももちろん捨てられない。捨てられない以上、疑いも発生する。


「だから直接話して君のことを信用できるようになりたい、と思ってね。……マークス兄さんとカムイ兄さんの訓練に君を付き合わせているのはそういうことだよ」
「あぁ、だからジョーカーではなく、私である、と」


 腑に落ちた。
 ジョーカーはルドヴィカとは違い暗夜の貴族出身だ。故に信頼は高い。……とはいっても、ジョーカーは親に捨てられたため、そのことをどうこう思っている節はないが。
 そんなジョーカーではなく、身元が自分自身分からないルドヴィカを、王族が集まるこの場に呼ぶのは何かしらの意図があるのだろう。
 そうは思っていたが、まさかこんな理由とは思っていなかった。


「話すのはもちろん構いませんが、……あ、」


 そこまで紡いで気づく。レオンの異変に。
 ん? と首を傾げるレオンに再び言葉を紡ごうとしたその瞬間、一際大きな音が空気を震わせた。

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Dear, My Doll.