05



 こほん、と咳払いをしルドヴィカは再びカムイとマークスの手合わせに目線を移す。暫し悩んだ後息を吸い込んで再び口を開いた。


「有難いお誘いですが、お断りさせて頂きたく」
「……へえ?」


 レオンの真紅色をした双眸がルドヴィカを射抜く。視線を合わせてしまえば逃れられない気がして、ルドヴィカはそのまま二人の手合わせを眺め続けた。
 レオンとの手合わせは一度してみたい、と確かに考えていたことはあった。魔道の天才、加えて剣の扱いにも長ける。そんなレオンとの手合わせが出来るなど、今生あるかも分からぬ機会だ。
 しかしそれでも、ルドヴィカはそれを受けることができない。


「貴方に手を出してしまえば、きっと貴方の臣下たちに怒られてしまいます」
「ゼロとオーディンに?」
「はい」


 その二人の名はレオンが信頼を置く臣下の名。もっとも、オーディンの方は初めレオンの意思で臣下になったわけではないらしいが。
 ルドヴィカはどうも、彼らが苦手だった。悪い人間ではないことは何となくわかるのだが、どうしても避けたくなってしまう。


「特にゼロの方ですが」
「話したことあるんだ、ゼロと」
「少しだけ、ですが」


 元々クラーケンシュタイン城で暮らしているレオンとその臣下二人。普段、ここ北の城塞に来ることはないが、レオンがここに来れば無論臣下たる二人もレオンを守るためにここにくる。
 そうなれば臣下同士、ルドヴィカとゼロやオーディンが言葉を交わす可能性も出てくる、という訳だ。
 そして数か月前、その機会は訪れた。


「ゼロは開口一番、『レオン様にイケないことをすればヤっちまうぞ』と」
「……あー、うん」


 何となく想像がついたのかレオンは頭を抱える。
 信頼は置いてる。彼の忠誠心がどこまでも硬いものだと言うことはレオンが一番知っている。そのためにレオンに近づく危険因子のことを徹底的に調べあげ、怪しいものは排除しているのも知っている。その矛先が同僚たるオーディンに向いている──現在そうなのかは分からないが──ことも、知っている。

 そんなゼロだ。
 王族──レオンの兄カムイに仕えているルドヴィカのことは徹底的に調べあげている可能性は高い。
 調べあげたからこそ、記憶喪失だというのに執事をしている彼女に不信感を抱くのは何らおかしくない。もしレオンがゼロの立場だったとしても同じことをしていただろう。
 そんなレオンの思案をよそに、ルドヴィカは再び言葉を紡ぐ。


「オーディンの方は──……」


 オーディンは、特に何か言われたわけではない。だがゼロと一緒にいることが多いためか、はたまた別の事情か。ルドヴィカ自身それを知ることはできないが、やはり苦手だった。
 彼の独特の口調は慣れれば楽しいものなのだが、どうもあれを聞いているとひどく頭が痛む。脳内の奥底から何かを引っ張られているような感覚がして、好きになれないのだ。
 それだけで苦手と言ってしまうのも何か申し訳なくなり、口を紡ぐ。悪い人ではない、というよりもレオンが寄せる信頼を見る限りではいい人なのだろう。今度きちんと話をしてみようか、と考えつつ首を横に振った。


「……兎も角、ゼロからそう釘を刺されている以上、私はレオン様に刃を向けることは出来ません。たとえ訓練用であったとしても」
「……臣下が迷惑をかけたね」
「いえ、ゼロやオーディンの態度は当然でしょう。私自身、そう思います」


 それに関して嫌な思いなどはしたことはない。少なくともルドヴィカの記憶がある期間内、彼女はずっとそうされて当然だと思い込んでいるからだ。
 自分自身、何故ここにいるのか分からない。なぜ記憶を無くしているのにガロン王が自分のことをカムイの執事に据え置いたのかも、──果たして自分は暗夜の人間なのかも、分からない。
 分からないが、それを口に出すことは憚られた。そんな弱い一面は、カムイは当然のこととして、直接の主ではないレオンや同僚のジョーカーたちに見せたくなかった。


「まったく……良かれと思ってやってくれているのは分かっているけれど、少しやりすぎなんじゃないかな、ゼロは……」
「…………」


 その声には応えない。
 やりすぎとは思わなかった。ただ、されて気分のいいものとも思わなかった。無論、それだけ怪しい人物であることは、自覚しているが。
 ちらりとレオンへ視線を移す。いつの間にか彼の目線はやはりマークス達の手合わせに向けられていて、こちらへ興味を向けている様子はない。が──。


「それに、隙あらば私の首へ刃を立てようとしている方と剣をわざわざ交えるほど愚かではありません」
「……なんだ、バレてたんだ?」


 ふっとレオンは小さく笑う。後ろで組んでいた手を脱力させれば何かが手から落ち、かつんと小さく音が響いた。
 ルドヴィカが音の発生源に視線を向ける。そこには青銅で作られた暗器──ナイフが落ちていた。言わずもがな、レオンが落としたものである。
 殺傷力は低い青銅のナイフを用いているあたり殺すことを目的としているわけではなさそうであるし、そもそも暗器をレオンがうまく使えるかと言われればまた別問題ではあるが、それでも、そこにあるナイフは真剣だった。模造剣や訓練用ではなく、触れれば傷つく、きちんとしたもの。

 目を細め、ナイフを睨む。対してレオンはそれを気にすることなく、言った。


「さっきも言ったけれど、僕は君を信じたい」
「……真剣を向けようとした相手に、よくそのようなことを」
「首元にそれを当てて尋問でもすれば、本当のことを話してくれるんじゃないかと思ってね」
「聡明なレオン様にしては、随分と短絡的な理論ではありませんか」
「短絡? いいや」


 彼はさらに笑みを深める。
 きちんと目線を向けているわけではないが、彼の発する雰囲気で何となくわかった。ゾッとするほどの冷たい笑顔を浮かべているのだろう。思わずうつむきそうになったがこらえ、一度レオンに視線をやる。
 想像通り──否、想像以上に冷たい笑みをした彼は一歩ルドヴィカに近づき、何も持たぬ手でルドヴィカの顎に触れた。ルドヴィカのオッドアイと、レオンの赤が危険を孕んで絡む。


「理にかなっているよ。恐怖は何にも負けない支配の材料だから」
「…………」
「君は知らないだろうけれど、僕はルドヴィカのこと案外気に入ってるんだよ。……カムイ兄さんから引き離したい程度にはね。だから、手に入れるためなら恐怖だって植え付けてあげる。
 ……なんて、カムイ兄さんの前では絶対に言わないし、きっと実行することもないだろうけれど。でも、覚えておいてよね。僕は君を信じるためならなんだってする」


 細められた瞳の奥に、どこか歪んだ感情が見え隠れしている気がして、ルドヴィカは思わず目を伏せた。

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Dear, My Doll.