06
それから程なくして、カムイとマークスの訓練は終わりを告げる。カムイの振るった剣がマークスから1本を取る、という形で。
無論、マークスはある程度カムイの実力に合わせた立ち回りや武器を使って訓練をしていた。だが、カムイは今までマークスに勝てたことがない。
大方の予想に反する勝利に、この場にいるものは少なからず驚いている。
やがてマークスはゆらりと立ち上がりカムイの元へ歩み寄る。訓練中とは打って変わって柔らかな笑みを携えたマークスは、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「見事だ、カムイ。強くなったな」
兄から受けた賞賛が余程嬉しかったのだろう。カムイはぱぁっと表情を明るくして口を開いた。
──が、こほんと咳払いを一つしてその顔を微笑みに変える。子供らしい、と言われるのを危惧したからかは分からないが、少なくともルドヴィカにはそう見えた。
「ありがとう……、マークス兄さんのおかげだよ」
「……いや、お前の才能だ。いずれお前は、この暗夜王国の一の剣士になるかもしれないな」
そういったマークスの言葉にレオンの表情が引きつったのを、ルドヴィカは悟った。
レオンは承認欲求が強い。そうなるに至った理由はきちんとあるのだが、ここに来て日が浅い──はずの──ルドヴィカにはそれを知る由もない。
兎も角、レオンはその状況が少し面白くないようで顔を引きつらせたままだった。
とはいっても、レオンもカムイのことを嫌っているわけではない。故にそれを表沙汰にすることはないし、それを悟らせないようにたち振舞っている。
それがさらにレオンをそう≠ウせるのだが、レオンが知るかは分からない。ルドヴィカはそんなレオンにある種の同情を抱いていた。
「そんな……まだまだ僕なんか……」
「いいか? 私はお前こそが……この闇に包まれた国に、光をもたらす者になってくれると信じている」
「兄さん……」
光。
心の中で復唱する。マークスの言葉に何処か引っ掛かりを覚えたのだが、その違和感の正体は思い出せない。
──そう、思い出せないのだ。知らないのではなく、思い出せない。
昔にそのワードを重大な意味を持つものとして聞いたような、違うような。分からない、分からないが思い出さなければならない気がした。思い出して、どうするかはわからないが。
そんなことに頭を悩ませていれば半歩前にいたレオンがマークスとカムイの元へ進む。それを追いかけるべきか迷ったが、兄弟の時間を邪魔するのはいい気分でもないのでその場にとどまった。
ルドヴィカの位置からではレオンの表情は見えないが、先程までの引きつった表情は既にない。
「まったく……剣の腕で強さのすべてが決まるわけじゃないだろう、兄さんたち」
「レオン……」
それはレオンの反抗心。そして承認欲求の現れ。少しでも自分のことを見て欲しいと、直接は決して言わない彼の本心。
そのことをルドヴィカが伝えれば、この兄弟──きょうだいの関係性は変わるのだろうか。それを知ることはこれから先もきっとないだろう。
「ふっ……負けず嫌いだな、レオン。お前には類いまれな魔道の才能があるんだ、そこをそこを極めればいい」
「……それで兄さんが僕を認めてくれるならね」
認めて欲しい、と素直に言わないところがレオンらしいな、とルドヴィカは思う。同時に素直に言えばいいのに、とも思うのだが。
何故かレオンの姿が懐かしさを覚えるくらいにかつての自分とかぶっているように思えてしまった。今のルドヴィカに、過去なんてものはないのに。
「…………」
私にも、あんな過去があったのだろうか。
答えの出ない過去を見つめて、息が苦しくなる。自分に過去があって、もし兄や姉という者がいたのだとしたら、自分は兄たちに劣等感でも感じていたのだろうか。それとも、兄や姉よりも高くあろうとしていたのか。
分からない。兄や姉なんてものがいるのかもわからない。でも、もしいたとしたら、家族は今何をしてるのだろう。
「あ、そんなことよりレオン……」
カムイの声で意識が引き戻される。と同時に、あ゛、と余計なことをひとつ思い出した。
最初にルドヴィカがレオンに声をかけようとしていた理由。それにカムイも気づいてしまったようで、ルドヴィカはやってしまったと頭を抱える。本当なら、カムイに気づかれる前に声をかけるべきだったのだが。
「なんだよ、そんなことって。大事なことじゃ……」
「えっと……法衣が裏返しだよ」
「……ええっ!?」
あーぁ、と小さくつぶやく。確かにレオンの法衣は裏地が表になっていた。
ルドヴィカは気づいていた。そのことを口にしようとした瞬間、マークスとカムイの剣が激しい音を立てたので、言葉は中断させられてしまった。そのままそれを忘れてしまっていたので、結果それを正すことなくレオンは二人の元へ歩み寄ってしまったのだった。
「寝起きだな、レオン」
「わわっ……酷いよ、兄さんたち! 分かってたなら、早く言ってよ! ルドヴィカも!!」
「……申し訳ありませんレオン様、……その、申し上げようとはしたのです──がっ!?」
背中に飛びかかった体重と、暗転した視界。今度こそ何も見えなくなったその状況に、ルドヴィカは息を飲み込んだ。
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