07



 敵襲? そんなまさか。
 今日ここに暗夜の王子たちが集まることは外部に漏らされていないはずだ。そもそも、仮に敵襲だったとしたら、ルドヴィカは気づけたはずだ。
 隠そうとしても隠しきれず絶対に漏れ出す殺意。それを感じ取ることにルドヴィカは長けていた。
 僅かに漂う殺意から人数性別さらには細かな場所まで把握することなど、ルドヴィカにとっては容易いことだ。

 だというのなら、敵襲ではない。ではこの暗転した視界はいったいなんだ。
 いやに明瞭となった思考がぐるぐると頭を支配する。それでも答えは出ず、ルドヴィカは隠し持っていた暗器に手を──。


「えへへ、だーれだっ!」
「……!」


 聞き覚えのある声がして手が止まる。
 この声の持ち主がルドヴィカの想像通りだとしたら、間違っても刃を向けてはならない人だ。
 自分やカムイ、更にいうとレオンよりも幼さを持つその声に何を恐れているのか。この状況を、その声の持ち主の正体を知らない人ならば必ずそういうだろう。
 だが違う。ここは暗夜王国の城塞の一角。こんなところに来ることが出来る人間など限られてくる。限られてる中で、この声を持つのは──。


「え、りーぜ、様?」
「大正解〜!」


 えへへ、なんて声とともに視界が明るく──とはいっても城塞内、もとい暗夜王国はそこまで明るくないが──なる。声がした方へ体を向けると、小柄なツインテールの少女がルドヴィカに向けて満面の笑みを浮かべていた。

 彼女は暗夜王国の第二王女エリーゼ。マークスやカムイ、レオンにとっては妹で、ルドヴィカにとっては主の妹である。
 勿論ルドヴィカにとっては遠い存在でなければならないのだが、彼女はきょうだい達の中で取り分けルドヴィカによくしてくれていた。
 記憶を失い、何故ここにいるのかも分からぬまま働いていたルドヴィカに明るく笑いかけ、自身の臣下とも分け隔てなく仲良くしてくれるのがエリーゼだった。そんなエリーゼに、ルドヴィカは元気をもらっていたのは間違いない。

 第一王子マークスとは話す機会がまずあまりない、第二王子は自分の主君、第三王子は自分のことをどこか疑ってかかっている、第一王女は優しいには優しいのだがベクトルが違う。
 そんな中でのエリーゼという存在はルドヴィカの中でも大きいものだ。そんなエリーゼに一瞬でも、本意でないとはいえ刃を向けてしまいそうになったことに罪悪感が湧き出る。表に出さなければ、そんなこと微塵も気づかれないだろうが。


「ダメよエリーゼ、ルドヴィカを困らせては」


 ……ここに王子王女が来るのは知っていたが、予想しなかった再会の仕方にルドヴィカは思わず呆気に取られていた。
 呆気に取られながらも振り返る。振り返った先にいたのは、紫色の髪と素晴らしいスタイルを持つ妖艶な女性。

 彼女が件の第一王女、カミラである。慈しむような視線をルドヴィカとエリーゼに向けるその姿はまるで聖女……ではあるのだが、その服装と本当の──戦場での姿は聖女というよりは悪魔、あるいは魔女などと形容した方が正しい。
 カムイ達にとっての姉。マークスにとっては妹。ルドヴィカにとって主君の姉。様々な側面を持つ彼女は、愛が深い。身内──ルドヴィカをそう形容していいのかは少し怪しいがその中にはルドヴィカも含まれる──に向ける愛は特に。
 そしてその愛は、歪んでいるとすら思わせない実直さを持って、カムイ≠ノ向けられているのだがそれはまた別の話である。


「えぇ〜遊んでるだけだもん。ね、ルドヴィカっ」
「そう、ですね」


 遊んでいるだけにしては構えすぎた気もする。仕方ないとはいえ本当にやらかした。
 カムイの妹に刃を向けるなどあってはならないことだというのに……とルドヴィカは一人で自責の念へ駆られていく。これがレオンのいう考えすぎ≠フ癖なのだろうが、やめられない。
 そんなルドヴィカたちの元に、一つ声が降ってくる。


「そうだよエリーゼ。その女は腹に何を抱えているか分からないからね。危険な行動は慎むべきだと思うよ」
「レオンお兄ちゃん……」


 法衣を着直したらしいレオンが3人へ──否、ルドヴィカに冷たい目線を投げながら小さく言う。その冷たい目の中にはルドヴィカを信じようとしている気持ちと、どこか楽しそうにしている熱が篭っているのだが、それは残念ながら姉妹には届かない。
 もっとも、彼自身気づかせるつもりは無いのだろう。ルドヴィカはそれすら、悟ってしまうのだが。


「こらレオン、ルドヴィカになんてことを……」
「……レオン様の言うことは正しいかと」
「え?」
「私は自分自身のことを明かせぬ身。それが記憶がないから≠ニ、傍から見れば分かりません。分からない以上それを信じるべきではないでしょうし、もしそれが偽りであれば、そして私があなた方の命を狙っているとすれば、信じてしまっては危険ですから。もっとも、そんなことはありえませんと、命を賭して申し上げますが」


 最初の方はカミラとエリーゼへ向けて、最後の一文はレオンへ向けて。そんな言葉を信じてくれるようなレオンでないことは知っているが、言わずにはいられなかった。
 過去がどうだったかはわからない。ただ、今のルドヴィカにとっての世界はここだ。それを自ら壊すような真似をする程馬鹿ではないし、少なくとも今のルドヴィカはカムイを敬愛し、そのきょうだいであるマークス、レオン、カミラ、エリーゼのことも守りたいと思っている。
 それを信じてもらえないのは寂しいものではあるが、自らの境遇を考えれば当然とも思えた。

 ルドヴィカ……、と、カムイが小さく声を出した気がする。ルドヴィカのことを心配するような声。彼はルドヴィカを信用しきっているし、そんなカムイだからこそルドヴィカもついていきたいと思うのだが。
 そんなカムイの声につられて、カミラははっとしたようにその慈愛をカムイへと向けるのであった。

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Dear, My Doll.