08



「ああ……カムイ、大丈夫? 訓練でどこか痛めてない? 痛いところがあったら言ってね、私が介抱してあげるから……」
「カミラ姉さん……」


 カミラがカムイに向けた第一声がこれである。相変わらずの溺愛ぶりだな、とルドヴィカは誰にもバレないように微笑んだ。
 カミラの愛は深い。誰に言わせても深すぎると言う程に。カムイに対してはそれが顕著だった。
 カミラが何故そこまでの深い愛を向けているのかは、ここに来て日が浅いはずのルドヴィカにとっては知り得ないことである。

 ただひとつ、ルドヴィカが勘違いせずに知っていることは、カミラの愛は何もカムイだけに向けられているわけではない。
 確かに、愛しているとよく口にするのはカムイではあるが、彼女は平等にきょうだいを愛している。それが表に出ないが故、レオンはコンプレックスを感じてしまっているのだが。


「うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
「カムイおにいちゃんっ。あたしも心配してたんだよ?」
「分かってるよ、エリーゼ。お前はいつも来てくれるじゃないか」


 戯れの時間、と言ってしまえば味気ないものだが、それは確かに5人のきょうだいの時間。記憶をなくし家族の存在も覚えていないルドヴィカにとって手の届かないもの。
 その光景が愛しくて、光のない暗夜王国で一番輝いている光景だとすら思った。
 だからこそ、邪魔をしたくはない。積もる話もあるだろう。ただの執事たるルドヴィカが聞いてはいけないことまで。

 失礼します、と誰かに聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いて踵を返す。聞かれなくても良かった。怒られるのは好きではないが、自分ひとりのせいでその空間が壊れてしまう方が心苦しい。
 そう思っての行動だったが足音はそう隠せるものでもなく、マークスが気づいてしまったらしい。威厳のある低音でルドヴィカの背中に届いたのは、間違いなくマークスの声であった。


「ルドヴィカ」
「はい、なんでしょうか」


 気づかれたくはなかったのだけれど、と心の中で誰にも聞こえない独り言。特に、マークスには。
 実のところ、ルドヴィカはマークスに対し余りいい印象を抱いていない。というよりも、印象を抱ける程の付き合いをしていないというのが正しい。

 暗夜王国の第一王子。
 その立場が意味するのはすなわち次期国王だということ。そのような立場にいるものが、一介の使用人に軽々しく話せるわけもない。
 無論、直接の臣下であればそれも出来るのだろうが、ルドヴィカは生憎、カムイの──即ちマークスにとっては弟の臣下というだけである。理由が無ければ話す必要も無い、ということだ。

 故にマークスはルドヴィカにとって雲の上の人≠ナありそうそう印象を抱ける人でもない。
 そんなマークスが、と思いつつ返した踵を元に戻してきょうだいの方に向き直す。全ての目がこちらに向けられていて多少居心地の悪さを感じたが、んん、と軽く咳払いをしてマークスの目をしっかりと見た。


「外へ出る準備をしろ」
「……と、言いますと」
「詳しいことは既に他に伝えてある、それを聞いてくれ」
「分かりました。それでは」


 もう少し詳しく教えてくれてもいいのに、とは思ったが相手は王族だ、何も言わない。それにマークス自身も時間が惜しいのだろう。普段あまり話せないカムイらとの会話の時間なのだから。
 それにしても、どこへ行くというのだろうか。ルドヴィカはそんな疑問を抱えながら訓練所を後にした。ルドヴィカの目が驚きで白黒するのは、その数分後の話である。









「カムイ様が城に……?」
「はいっ、そうなんですよ〜!」


 るんるんと小さく鼻歌を歌いながら同じように外へ出る準備をしていたフェリシアはえらく上機嫌だった。対して、ルドヴィカは目を丸くしている。

 フェリシアから聞いた話によると、カムイが「城へ来るように」と王──カムイにとっての父から言われたらしい。北の城塞と呼ばれるこの地にいたカムイを、だ。
 意外だった。否、確かに今日の訓練でマークスは「外へ出たいのなら」と言っていたが、それがまさか今日のことだとは思わなかったというのが本音だ。


「…………」


 いったい、この国の王は──ガロンは何を考えているのだろうか。ありもしない結界を嘘で作り上げ、その中に今の今までカムイを閉じ込めていたあの王は。
 何故今、この時に、カムイを城へと呼びつけるのだろうか。ルドヴィカからみた彼はまだ、閉じ込めららていたが故に少し世間知らずで、外の世界の情勢もほとんど知らないというのに。


「カムイ様は、城へ何をしに?」
「えっとえっと……ごめんなさい、それは聞いてませんでした」
「……いや、いいんだ」


 不思議そうに首を傾げるフェリシアを他所にルドヴィカは思考する。本当に大丈夫なのか、と。そう思うにはわけがあった。

 この国は戦争中だ。詳しいことは覚えていないが、書物で読んだ記録によると隣国の『白夜王国』との戦争らしい。
 日の光が届かず作物もロクに育たない暗夜王国が、日の光が十分に届き沢山の作物が取れる白夜王国を羨むは自然の道理とも思える。だが、ルドヴィカはそれを正しいとは思わない。そしてそれはおそらくカムイもだろう。
 しかしカムイはそれを知らない。今の状況を戦争とは思わず、話し合いで解決できる小さな揉め事くらいに思うかもしれない。もしそうだとすればカムイの身に危険が及ぶことは明白だった。


「あ、ルドヴィカさん行きましょう! ギュンターさんとリリスさんがお呼びです!」
「あぁ、わかった」


 一度そこで思考を辞める。自分の師であるギュンターと、厩舎係のリリスが自分たちのことを呼んでいるということは、カムイたちの準備が整ったのだろう。
 自分の武器を手に持って、足を進める。途中、どこかで聞いたようなフレーズが頭に過ぎって、それをフェリシアにも聞こえないほど小さく紡いだ。戦争は、嫌いよ。と。

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Dear, My Doll.