百年の恋をも冷めさせてほしい

※死の表現を含みます。大丈夫な方はお楽しみください。苦手な方はブラウザバックを。






 目の前で俺に剣の切っ先を向けるのは、俺が唯一女性として愛した人間。
 別段驚きもしなかった。今思えば、こうなることを匂わせる行動がなまえに多々あったからだ。
 歪んでいると思わせるほどの、真っ直ぐすぎるその信仰心が。

 ただ、口を開いて出てきたのは単純な疑問だった。


「何故、だ?」


 俺がそう聞くとなまえは妖しく──それでも、綺麗に笑った。
 その笑顔じゃない、俺が好きだったのは、そんな笑顔じゃないんだ。
 俺が好きだったのは、無邪気に笑うなまえの笑顔で。


「私がギムレー様のしもべだからよ」


 分かっていた。知っていた。
なまえが時折見せる態度が、そう物語っていたから。

 俺の親友であり──ギムレーの器でもあるルフレに対する異常なまでの崇拝心、ナーガにたいしての憎しみの目、ギムレーに対する恍惚の瞳。
 すべて主のための態度。なまえがギムレーのしもべだとしたら、全部辻褄が合ったんだ。
 その対象がギムレーでなければよかったのに、なんて叶いもしない願いを押し殺した。


「騙してたのか、って聞かないのね」


 なまえの持つ剣が鈍く光った。
 そこに映るルフレとギムレーは、同じ顔なのに……まったく違う表情を浮かべている。
 ギムレーはひどく愉快そうに、対してルフレはひどく怪訝に。
 ただ、ギムレーの表情の中には愉悦以外にも失望が見え隠れしているようにも見えた。


「知っていた、からな」


 正しくは気づいてたから≠ゥもしれない。
 でも、もう、分からないんだ。
 そんなことを考えている暇なんて、残っていない。

 愛したものに剣を向けられて、ここまで冷静でいられる俺はなんなんだろう。
 俺は、もう、なまえのことを?
 ……違う、そうじゃない。愛しているからこそ、冷静なんだ。


「……剣を抜きなさい、クロム」


 名前を呼ぶトーンだけは変わらない、優しいもの。
 そんなに、優しい声をかけないでくれ。
 お前の過ちは俺が屠ると決めたのに、決心が……鈍る。


「クロム!!」

「クロム……」


 なまえが叫ぶのと同じに、ルフレの悲痛な声が重なった。

 分かってる、ここは戦場。争いの場。最後の、決戦の地。
 殺らなきゃ、殺られる場所だ。


「お願い、戦って。じゃないと、私はあなたを殺せない」


 それでも──それでも、俺はファルシオンを抜けなかった。
 殺せない。なまえを殺すなんて、考えられない。

 ファルシオンの柄から手を離した。その瞬間。


「──え」


 小さななまえの声。それがほんの少し掠れたのは聞き逃さなかった。そして、悲しみが混ざっていることも。
 はと顔をあげると──なまえの体を、何かが貫通していた。

 銀色のそれを持つのは、歪な笑顔を浮かべるギムレー。
 貫通したその先からは赤い滴が伝い地面を湿らせる。
 こぽ、と、空気を含んだ粘性の液体が破裂する音がした。


「……っ!?」


 理解するのに時間はかからなかった。否、何が起こったかは分かった。
 だがギムレーが何故こんな行動を取ったのか。それだけは……理解出来ない。

 自分のしもべを──なまえを。何故剣で──刺したんだ?


「ギ、ムレー……様…………?」


 なまえの唇の端からも赤色が伝う。恐怖と絶望で染められた瞳には滴が溜まり始めた。

 駆け寄りたい、のに。今の俺には、それが出来ない。
 「大丈夫か」と声をかけることすら、俺には。守ることも屠ることもできなかった俺に、そんなことをする資格はあるのか、と。


「情を捨てきれぬ駒など不要。だろう? なまえ」


 勢いよく引かれた銀色の剣。その刀身は真っ赤に染まっていて、今の出来事が嘘じゃないと物語っているようで。
 ああ、たしか、昔に「情を捨てない人は殺される」と言ってたな。あれは、なまえ自身のことだったのか。


「あ、あぁぁ…!!」


 膝から崩れ落ちて、地に伏せた。そこで初めて俺の足が動きを取り戻す。
 その距離はあまり無いはずなのに、ひどく遠く感じた。

 やっとのことでたどり着いたなまえの周りには大量の鮮血。
 濡れることは厭わない、なまえの血なら尚更。


「なまえ!!」


 どうすることも出来ないことくらいわかっている。
 それでも俺はコイツを、なまえを助けたくて。掻き抱くようにすれば、ぬちゃりと粘着質な音がした。


「なまえ……おい、なまえ!」

「……うるさい、わね……聞こえてるわよ……」


 かろうじて、というようになまえの口が動く。息も絶え絶えで、もう今にも、消えてしまいそうで。
 こんな未来、望んでいなかった!!


「待ってろ、今……」

「やめて」


 調合薬に手をかけたときに聞こえたのはいやにはっきりとしたなまえの声。
 何がやめて、なのか。聞こうとしたときには、なまえは目を閉じていた。

 もう、助からないのか。
 嫌だ。そんなのは、認めん。認めない、絶対に。


「……アルテミスの定め=c…」


 遠くでチキの声が聞こえる。ひどくぼんやりと、乖離したような感覚の中で聞いた言葉に、俺は一瞬だけ思いを巡らせる。
 何処かで聞いたことが、あるような気がする。思い出せない。


「……ファイアーエムブレム≠手にしたものは……愛する者と……結ばれないという伝承……だったかしら……」


 なまえが紡ぐ声はより小さく。聞きなれない言葉に、はてなが浮かんだ。
 ファイアーエムブレム? ああ、まさか、この炎の盾が。


「なまえ……」

「……どうか幸せに、ね……」


 最期になまえは、笑った。




 それから先のことはあまり覚えていない。ただ気づけばギムレーは倒れていて、ファルシオンがギムレーを貫いていた。

 本当に情けない勝利だと思う。愛した者を救えず、ギムレーを完全に葬ることも出来ず。


「クロム様、このあとのご予定ですが……」


 戦争が終わってすぐ、俺は聖王に即位した。
 ……が、それらしい政も執り行えず、フレデリクにその殆どを任せきりという体たらく。


「三十分後に来客と、その後には……」


 なまえがいないとこの様だ。騎士団の奴らも呆れていることだろうな。
 でも、呆れられてもよかった。なまえのことをみんなが忘れてしまうより、ずっとよかった。
 心の中からなまえがいなくなると、それこそ二度と会えない気がしたから。

 ……なまえ。
 お前への恋心がなくなれば、俺はもう少しましな人間になれるのだろうか。
 その問いの答えは、一生返ってくることはない。



百年の恋をも冷めさせて欲しい



「……ルキナ、えらくご機嫌だな?」


 客人に会いに行くため、俺とルキナ、フレデリクにリズやルフレと廊下を歩いていた。
 鼻唄を歌う娘(というか娘の未来だが)はどうやら機嫌がいいらしい。
 いつぶりだろうか、こんなに上機嫌なルキナの姿を目にするのは?


「お父様の笑顔が見れると思うと、嬉しくて」


 ……俺の笑顔? 何を言っているのだろうか、ルキナの前ではなるべく笑うようにしてるつもりなんだが。
 いや、ルキナの前だけじゃない。ルフレやリズの前でも、なるべくは……。

 ……違うな、俺が今までやってきたのは、笑うふり≠セったのかもしれない。
 なら尚更、俺の笑顔を見れるって、どういうことだ?
 なまえを失ってから、俺は心の底から笑えたためしがないのに。
 ルキナならそんなこと、気づいてるはずなのに──。


「お父様」


 ルキナが俺を見て優しく微笑する。我が子ながら、本当に綺麗に育ってくれたと関心する。
 と同時に、脳裏に過るのはなまえの笑顔。母親であるなまえの笑顔と重なってしまって。


「変わった未来は、元に戻ろうとする力があるんです」


 ああ、確か前に言っていたな。
 でもそれと今の状況と、何が関係しているのだろう。


「絶望の未来では、お母様はギムレーの手下で、ギムレーにより殺されました。
 では……平和な未来ではどうでしょう? もしかしたら、お母様がギムレーの手下ではないかもしれません。
 この世界は平和を歩んでいるんです。歴史は、元に戻る力があります」


 絶望の未来でも、なまえは?
 じゃあなんで、なまえは死んで、でも。
 一体何が史実で、どれが歩まないはずの未来? わけが、わからない。


「扉、開けるよ」


 軍師であり側近であるルフレの声が響く。
 心なしか、その表情は明るい。表情だけじゃなくて、声も。

 重く開くその扉、開ききる前に届く声。


「なに、辛気くさい顔してんのよ」

「……!」


 聞き間違えるはずがない。ずっと探していた、愛しいものの声。
 どうして、その声が。


「ルキナ、まさか……」

「未来は変わりました。
 平和な世界は、お父様が愛する者と結ばれる世界なんです」


 リズとルキナのやり取りを聞いて何となく把握した。
 つまり、つまり目の前にいる彼女は、なまえは、絶望の未来じゃなく。



「はじめまして、クロム。
 平和な世界≠フ私だよ」




title…確かに恋だった
2014.01.21……加筆修正
2015.06.15……更に加筆修正
Dear, My Doll.