うらないし

※銀雪の章


 深夜。寝屋にやってきた男の影に私は叫び声をあげかける。咄嗟の判断で口を覆って止めた私は、多分褒められるべきだろう。
 別に寝込みを襲いに来たわけではないのはわかっている。それなら私が寝静まってるときに来ればいい話だ。強盗に来たわけでもないと思う。もしもそうなら私がいない間に部屋を漁ればいいのだから。
 だから彼が何か別のことを目的にここにやってきたのは明白で。だけれどその理由がわからなくて私は訝しんだ。

 そもそも──そもそもだ。彼は先の戦争で行方不明になったはずの人間で。死したとすら思われていた人間で。
 ここにいる理由そのものも勿論気になるけれど、こんなところにいていいのかとか、もっと別のことを考えてしまって、開いた口をふさぐという行動を忘れている。
 そんな私の心境をひとつも理解していないのだろう。目の前にいる男は呑気に片手をあげて、私が普段使っているベッドに腰かけている。


「久しぶり、なまえ」
「久しぶり……じゃない、なんであなたがこんなところにいるのクロード」


 名前を呼んで少し睨んでも、彼は表情を変えることはしなかった。むしろどこか楽しんでいるようにすら見える。……本当に、腹の奥が見えない男だ。

 クロード=フォン=リーガン。このフォドラにおいて、その名前を知らない者はいないと思われる。
 かつてガルグ=マク大修道院の士官学校で私たちと共に学び日々を過ごした彼は、士官学校時代より五年経ちレスター同盟諸侯の当主という肩書を持った。
 士官学校時代から続いている戦争によって卓上の鬼神、という異名でも呼ばれるようになったクロードだったけれど、彼はその最中──グロンダーズ会戦、と呼ばれる戦闘で行方を眩ませた、と私たちは聞いていた。

 その後クロードに関する情報の音沙汰もなく、戦争が終わってしばらく経った今。先生のようにクロードの生存を信じ、探している人もいないわけではないけれど、あきらめている人間も少なくない──そんな状況にあった、というのに。
 彼はその人たちの思いを知ってか知らずか、私の寝屋にやってきた。しかも夜に、私を待つ形で。

 これは私の夢なのだろうか。それとも疲労によって見た幻覚なのだろうか。或いは、……或いは本当に現実なのだろうか。
 自分が見ている光景が信じられなくて、思わず頬を一度抓る。痛い。現実だった。どうあっても目の前にいるクロードは呆れた顔をしている。誰のせいだと思っているんだろう。


「おいおい、久しぶりの再会なんだぜ? もっと嬉しそうにしてくれたっていいんじゃないか」
「そうしたいのはやまやまだけれど」


 言いたいこととか、聞きたいこととか沢山ありすぎてそれが難しい、とわかっているくせにわざとらしい。元々そういうところのあるやつだとは知っているから今更怒りとか、そういうものも沸いてこない。
 余裕気に笑う彼を見ると溜息が出る。こっちはどれほど心配したと思っているんだろう。それも私だけでは無くて、色んな人が心配していたというのに。
 きっと彼にだって色々事情があって、だからこそ今まで姿を現していなかったのだろうなということは想像がつくのがまた困る。責めることもできないし。


「……どういう事情があるにせよ、女の子の寝床で待ち受けるのは流石にどうかと思う」
「あー、それは……まあ、反論できねえな……」
「反論されたらどうしようかと思った」


 クロードがちゃんとした常識を持っていてよかった、と心底思う。私たちの代からそんな常識がない人が世に出ていた、なんてさすがに思われたくない。
 とはいってもここで彼が私を待ち受けていた、という事実は消えない。取り乱す様子がない当たり彼が待っていた人物は本当に私なのだろうし。
 どうしたの、と口を開けばまあ座れよ、と促される。ここ、私の部屋なんだけれども。クロードの横にスペースが出来ているのを見て、ここに座れと言われているのはわかっているけれど、倫理観的にどうなのかと思って部屋の椅子をクロードの前あたりに動かして座った。えー、と言われたけれど無視する。


「……貴方は、前の戦争で行方不明になった」
「ああ、そういうことにしたな」
「やっぱり、貴方がそうなるように仕向けたのね?」


 死亡、ではなく行方不明、となっていたのが気になってはいた。
 遺体が見つからなかったからそうしたのだろう、という予測はつく。どこかで人知れず死んでいるという可能性だってあるのだけれど、クロードがそんなことを無計画にするはずがない、と私は思っていた。本当に彼が死ぬのなら、余計な混乱を生まぬようにと自分が死ぬところを誰か──特に彼のことを気にかけそうな新生軍の誰かに目撃させるだろう。
 でも、そういう話はひとつも聞かなかった。だから私は彼が生きていると思っていたし、実際にこうして生きているのを見て納得すらしてしまう。実際にこうやって目の前に現れられると驚いてしまったけれど。


「……それ自体はどうでもいいけれど」
「どうでもいいって、おいおい薄情だな」
「あなたが生きてることは信じていたから。それよりも大事なのはどうしてあなたが今ここにいるか、だし」
「それもそうか」


 わかっているでしょ、と口にすればへらと笑われた。わあ、腹立つ。私がそう答えることすら彼の思惑の中なのだろう。
 まあいい。というか、彼のいちいちに反応していては話が進まないな、これ。


「どうしたの。先生にすら姿を見せずに、たった一人で私のところに来たのは……何か理由があるんでしょ?」
「疑い深いなあ……」
「猜疑心の塊さんに言われたくないかな……」
「違いないな。じゃあさくっと用件を言おうか」


 私が疑い深いのだったらクロードはなんなのよ、と言い返そうとしてやめた。
 彼の深い緑の目が真剣にこちらを見ている。茶化すのはやめたらしい。最初からそうしておいてほしい、という言葉は飲み込んだ。


「俺を、死んだことにしてくれないか?」
「……は?」


 予想の斜め上を駆けて行った言葉に理解が追い付かず、思わず変な声を出してしまった。
 死んだことにしてくれないか。言葉の意味は分かる。行方不明という現状にあるクロードを、どこかで死んでしまったということにしてくれ、という話なのだろう。
 わかるからこそ、わからない。なんでそんなことをする必要があるのかとか、それをなぜ私に頼むのだろうとか。

 私がフリーズした様を見て、私が何を疑問に思っているのか勘づいたのだろう。真剣な目を崩さず、そのまま苦笑いをこぼして彼は続ける。


「ちょっとな。ここでのしがらみをなくしておきたいんだ」
「しがらみって、貴方……」
「ああいや、勘違いしないでくれ。何もここでの生活が嫌いだったとか、そういうんじゃあない」


 それはわかっているけれども。
 ここでの生活が嫌いだったのならば、こんな回りくどいことをする必要はない。だからこのクロードの行動は、嫌悪からくるものではないと私は理解している。……理解している、けれども。
 やはりそれを飲み込むことは容易ではない。なぜ、どうして。言いたいことはたくさんある。私がそれを口にする前に、彼は察してくれたようだ。


「エーデルガルトは倒れ、ディミトリも散り、今のフォドラには大司教となった先生がいる。そんな中、俺が急に現れればフォドラはまた混乱するだろう? だから、そうなる前にさっさとここから出ようと思ってな。禍根を残さず出ていくには、俺が死んだことにしておいた方が都合がいい」
「……それは」


 確かに、彼の言うことはわかる。

 今のフォドラはきっと脆い。戦争が終わった直後で、立て直しの最中なのだから当然だ、何かがあればすぐに揺らいでしまう。
 だからそうならないために、今は私たちの士官学校時代の先生が大司教になってこのフォドラ全体を導こうとしていて、私や、もともと先生のもとで学んでいた黒鷲学級のみんなはその補佐をしている。

 そんなフォドラに、もう一人上に立つ先導者になりうる人物が現れたらどうなるか、というのは想像に難くない。先生の方針に不満を持つ人が、その先導者を立てて世界を変えようとするだろう。……そうして、きっとまた戦争が始まる。
 クロードは先導者になりうる人材だ。なにせレスター諸侯同盟の盟主だったのだから。クロードにその気がなくても、現状に不満がある人がクロードを旗にして反乱──と言っていいものか──を起こすことだってあり得る。クロードは、それを避けたいんだろう。


「……だったら、なんで私なの? 直接先生に言えば……」
「『大司教お抱えの占い師』の占いでそういうことになっておけば、後々俺のことを探そうとする人だっていなくなるかも、だろ? リスクは最低限にしておきたいんだ」
「私の占いを全く信用しなかったあなたに言われても嫌みにしか聞こえない……」
「俺が信じてないのは神様や運命であって、なまえの実力そのものは買ってるんだぜ?」


 喉の奥に顔を出した「どうだか」という言葉を無理やり飲み込んだ。……多分きっと、その言葉を信用しないのは失礼に値する、と思ったからだ。

 彼の言った「大司教お抱えの占い師」という肩書は、確かに私につけられたものだ。そんな大それた占いではないのだけれど、クラッセのみんなにはそれなりに頼りにされていたこともある。
 その流れで、そのまま大司教になった先生にもよく頼られる、という話なのだけれど……なんだか尾びれがついている気がするなあ、とため息を吐き出した。

 ……いや、私のことはどうでもいい。今の問題は私ではなくクロードにあるのだから。でも、そんな「占い師」を頼ってきた、ということは。


「つまり、私の占いで『クロード=フォン=リーガンは死んだ』という結果が出た、ということにしておいてくれ、ってこと?」
「そういうこと。察しがいいなあ、相変わらず。お前が同盟生まれじゃないことを心の底から悔やむぜ」
「あなた一人で十分でしょう」
「ええー……」


 ええー、じゃないよ。頭の回転の早さは私の知る限りだと彼がトップクラスだし、私一人が同盟生まれになったところで何かが変わるようにも思えない。私よりも先生の方がよほど、と思う。
 しかしまあ、随分厄介な頼まれごとをしたものだ。これ、つまり私は生涯にわたって嘘を貫き通せ、と言われているわけだし。流石の私だって、良心が痛むっていうのに。




※未完
2019.10.15 執筆
原題:裏無い死
原題元:反転コンタクト
Dear, My Doll.