君が言うのなら、
昨日は、人生で初めて自分で前髪を切ってみた。そして失敗した。
切ったことある人には分かる話ではないだろうか。
鋏を持つ手が変に震えてしまい、変な角度で前髪を切ってしまったのである。流石にこのままでは恥ずかしいので、見られる形に直そうと頑張ってみた。けれど、素人の私にはそんな事出来るわけはなく、私の前髪は残念な程にきれいなぱっつんになってしまった。
では何故、そんな無謀な事をしようと思ったかは簡単な話である。今月は月子ちゃんとケーキバイキングに出かけた。欲しいアーティストのCDが発売された。音楽を聞こうと思ったイヤホンが壊れてしまった。つまり、今月のお財布事情が厳しかった、というただそれだけのことである。
今日の学校に思いを馳せながら職員寮の玄関を開ければ、そこには丁度登校中の、私と比べても遜色ないきれいなぱっつん男子がいました。
「……」
「……」
お互いに固まること数秒。
先に動けたのは、ぱっつん男子こと隣のクラスの木ノ瀬梓の方だった。
「あはははははっ、何それみょうじっ、」
「おい」
「あははははははっ」
「だーかーらー、笑いすぎだってば!」
ごめんごめん、と肩を震わせながら言った木ノ瀬を睨み付けるが全く効果が得られない。
その場で立ち止まって笑い続ける木ノ瀬は動く気配がなかったので、学校に向かって歩きだす。そうすれば、後ろから木ノ瀬が追ってきているのが気配でわかった。
ちらり、とすぐに追いついた木ノ瀬を振り返ればまだ肩を震わせていた。全くもって最悪なぱっつんである。
「で?何でその髪型にっ、なったの?…ふふ」
「まだ笑うか。…手元が狂っただけ」
「へぇ」
なぜ?、という顔をする木ノ瀬にこの前髪になった理由を説明すれば、やっぱりみょうじおかしいよ、と言いながらくすくす笑っていた。
…そんなに笑わなくてもいいと思いますよ、木ノ瀬くん。
「木ノ瀬も同じぱっつんじゃんか。人の事言えないよ」
「僕の前髪はみょうじとは違うから」
「どこが?」
「…みょうじには教えない」
しつこく笑っていた木ノ瀬も、自分の前髪の話となると途端に笑うのをやめてしまった。やっぱり人は誰しも前髪の長さは気になるよね、うん。
結局私と木ノ瀬とでぱっつんの何が違うのかは教えてくれなかったけれど、私の前髪を笑ったことは私は忘れないからな。
「あ、そうだ。僕弓道場に用があるから」
「うん、いってらっしゃーい」
「はいはい」
学校の門を潜って少し歩いた所で、木ノ瀬はそう言って私に軽く手を振ってから道を曲がっていった。弓道場に用があるなんて、どこまでも木ノ瀬は弓道が好きらしい。
そういえば、月子ちゃんも弓道部だっけ。今度差し入れを持っていこうかな。ケーキか飲み物か…まずはとりあえず私も教室に向かおう。
「みょうじ!」
校舎に向かって少し歩けば、誰かに呼ばれたため振り返る。と、さっき弓道場に向かったはずの木ノ瀬に腕を握られていた。
「どうしたの?」
「前髪、」
「まだ笑うか!」
「違うってば!」
「じゃあ何よ」
「みょうじの前髪、僕はいいと思うよ」
「っ!」
前髪としか言わない木ノ瀬に悪態をついていたのに。初めて誉められたのと、いきなりの笑顔で言葉を失う。
「あと、」
「?」
「似合っててすごくかわいい」
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(〜〜っ!うるさい馬鹿!)
(あははっ照れてる)