06
「―以上で説明を終わります」
張り詰めていた体育館の空気が教員の言葉で一気に緩むのがわかる。
伸びをして凝り固まった筋肉を解せば、バキバキと嫌な音が鳴った。…もう年かな。
「紅染、ちゃんと聞いてた?」
「…聞いてたよ」
「なにその間」
木ノ瀬くんのジト目が怖い。あぁそうだよ。事前に琥太にぃから説明されてたから、学校説明は退屈でしかなかった。つまりは聞いてませんでした。
「木ノ瀬くん…」
「ん?何?」
「いひゃいれす、ほっへはいひゃいれす」
正直に話したのに何故かご立腹の木ノ瀬くんにほっぺたをつねられたまま体育館を出ることになる。周りの視線が痛い。
木ノ瀬くんは体育館を出て少し歩いた木陰で手を離してくれた。
「木ノ瀬くん、容赦ない。痛い」
「真面目に聞いてない紅染が悪い」
「…返す言葉もございません」
涙声で抗議すればあっさりと返されぐうの音も出ない。木ノ瀬くん私に酷くないか。
「あ。紅染、そろそろバスの時間だ」
「バス?」
「あれ?バスに乗ってきてないの?」
木ノ瀬くんが時計を見て慌て出したから聞いてみれば、この学園と梺の街までの交通手段はバスしかないらしい。
そうか。今日は琥春さんの車で来たから気付かなかったが不便だ。
「今日は姉さんが送ってくれたから姉さんが来るまで待つつもり」
「一人で?」
「うん」
「…」
「どうしたの?」
「危ないから紅染のお姉さんが来るまで待ってあげる」
木ノ瀬くんが近くにあったベンチに座ろうとしたので慌てて止める。怪訝な顔をされたけど、さっきの慌てぶりからしてバスを逃すと大変なことになることが分かる。
大丈夫姉さんもうすぐ来るから、と言って丁重にお断りすればまだ不満そうだったけど木ノ瀬くんは次のバスに乗ると言ってくれた。
「じゃあね紅染、気をつけて」
「木ノ瀬くんもね」
「うん。次は春に会おうね」
「…気が早くない?」
自信満々の木ノ瀬くんにツッコミを入れれば、僕は絶対に受かるから紅染も頑張ってよね、なんて言われてしまう。木ノ瀬くん自信家だなぁ。
「じゃあそろそろ帰るね」
「うん。春に会おうね」
「!…僕より紅染の方が心配。あ、春に再会したときは梓って呼んでね」
「何で?」
「珠には内緒。じゃあね!」
木ノ瀬くんみたいに春に会おうと言えば驚いた顔をして笑われる。木ノ瀬くんは急に約束を取り付けてバス停に向かっていった。
木ノ瀬くんを見送った後、私も琥太にぃと琥春さんが待つ保健室に向かうことにした。
・・・・・・・・・
「ただいま戻りましたー」
「珠おかえりなさい」
「あ、琥春ねぇただいま」
「!…珠っ!」
勢いよく保健室を開ければ琥春さんがいた。琥太にぃに聞いたように、琥春ねぇと呼べば抱き締められたために正面に来た豊満な胸で視界が見えなくなる。
「こ、琥春ねぇ、キブっ」
「姉さん珠を離してやってくれ」
「あら、ごめんね嬉しくてつい」
必死で助けを求めれば奥のベッドから出てきた琥太にぃの一言で開放される。
女の私でもクラクラするような色気を持った琥春ねぇに、ごめんね珠、だなんて言われてしまったので直ぐ様怒ってない事を伝えれば綺麗に微笑まれた。
あぁもう、いい女だな琥春ねぇ。
「でもいきなり昔みたいに呼んでくれるなんて何かあった?」
「実はですね、」
かくかくしかじか。琥太にぃに言われたことを伝えれば嬉しそうな顔をされる。
敬語は外してくれないの?と聞かれたけどそこはダメです、と断った。
「今日は外に食べに行きましょうか」
「えっ」
「そうと決まれば、琥太郎。早く準備しなさい」
「急だな…俺にだって都合が、」
「あなたいっつもサボってるから大丈夫でしょう」
「…」
突然の事に驚いて間抜けな声しか出なかった私と違って、琥太にぃは異を唱える。しかし、琥春ねぇの正確かつ容赦ない一言に撃沈していた。…琥春ねぇ恐るべし。
「琥太郎、何時ものところに車あるから早く来てね」
「あぁ、はいはい分かったよ」
「珠は今日あったことを教えてね」
「あ、はい」
「じゃあ行きましょうか」
心底うんざりした琥太にぃを置いてスタスタと琥春ねぇが保健室から出ていく。
一度琥太にぃを振り返って琥春ねぇを追いかければ、もう既に迷った琥春ねぇがいて笑ってしまった。
星屑いっぱいの彼方
((あそう言えば木ノ瀬くんに言うの忘れてた…))
(あらどうしたの珠?)
(私のこと中学生だと勘違いしてた子がいて…)
(まぁいいんじゃない?)