jeunesse/沢田綱吉

jeunesse (※綱吉途中まで出てこない。)


高校3年の時に初めて、”失恋”をしたのだと思う。
友人との会話で「それって、その人のこと好きなんじゃないの?」と言われて、初めて気づくほどそれは日常生活に溶け込んでいた。
そいつはもともと、幼なじみであるが故に仲がよく、会話もそれなりにあった。バカみたいな会話も、真剣な相談もしあえた。
それが私の友人いわく「恋」だというのなら、ずいぶんと緩やかなものだ。
一緒にいた時間故か、ぬるま湯に足をつけている感覚に似ている。
しかし、同時にその距離だからこそ気づかなかったのだ。そんな矢先、幼なじみは憧れだと言っていた女の子と付き合うことになった。

本人からサラリと告げられ、その時は驚きと実感が湧かないということもあって、「へー!そうなんだ、おめでとう」と言ってしまったが、後から後からじわじわと寂しさが込み上げた。
平気なフリをしていたが、きっと私の笑顔は引き攣っていたのかもしれない。告げにきたあいつの笑顔が、どこか寂しさを含んでいたのだから。



気がつけば数年が経ち、私はゆっくりと大人に分類される歳になっていた。

「え、それじゃあ、何にも言わなかったの!?」

友人のがっかりしたような声に、私は眉を顰めた。
なんだ、そのさもラブロマンスを期待していたかのような声は。

「…何を期待していたのよ。最初に言ったでしょ?私のなんて聞いても楽しくないわよって」
「そうだけど、もっとこう…あるでしょうが!」

ないわよ。と私は呆れたように言い、冷めかけた紅茶に口をつけた。
そう、何もないのだ。お互いがお互いの人生を生きて、この10年それが恋愛という形で交わることは終ぞなかった。

「結局その後は?そのまま卒業?」
「んー…」
「えー?だって、幼なじみに恋するとか!漫画の王道みたいで素敵なのに…」

ケーキを口に頬張りながら、面白がる友人に思わず苦笑いがこぼれる。
数年ぶりに会った友人は、現在妊娠8ヶ月。大学の時に知り合った人と卒業を機に結婚したらしい。
話は聞いていたが、私は仕事の都合で式にはで出られず、やっと纏まった休みが取れた今日、友人の家に遊びにきたのだ。

「幼なじみなんてそんなものよ。現に今も付き合いがあるしね」
「そうなの!?」

再びかぶりつくようにのってきた友人に、私は手を挙げてストップをかけた。

「付き合いって言っても仕事よ。プライベートで会うことなんてそんなにないんだから」
「なーんだー…」
「……妊婦さんって、そんなに話題に飢えてるの?」

ずっと自宅にいるような状況なのだ。考えてみればそうだろう。
私はまだそれを実体験することはないが、年齢的にも周りにそういった友人が増えているのは確かだ。

「話題っていうか、人との距離に飢えてるのよね。結婚したら、あんまり遊べないし。淋しいんだよー?」
「あらあら。旦那が帰ってくるのが遅いんじゃなおさらね」
「そーなのよー!」

勢いづく友人の愚痴を笑いながら聞いていたが、心の底ではあの後のことを思い出していた。


****


「沙耶っ!か、彼氏できたって本当!?」

いきなりなんだ、と言わんばかりに私は大きく目をひらいた。飛び込んできたのは、先日彼女ができた幼なじみの沢田綱吉。
酷く慌てた様子で、目の前に飛び込んできたせいか、机に足をぶつけて小さく痛みの声をもらしたが、今はそれどころではないらしい。

「…いきなりどうしたの?」

幼なじみである綱吉に彼女ができて一周間後、卒業間近ということもあり、思いを告げにきた隣のクラスの男子に押し切られ、沙耶はそのまま付き合いはじめた。
彼曰く、断るのはお試し期間の後にしてほしいとのことだ。
告白してくれた気持ちに応えなきゃいけないような気がしてOKしたが、今思えば、ただ綱吉に置いていかれたような寂しさを、紛らわせたかっただけなのかもしれないと漠然と考えていた。

「どうしたのっていうか…なんで…」
「いや…なんでかって言われると困るんだけど…彼の熱意にうたれて…?」
「えー…、そこ疑問形かよー!」
「わ、ビックリした!」
「っ!」

噂をすれば。
現在お試し期間中の彼がすぐ横にひょっこり現れ、ちょっとおどけたような表情をしている。
その姿に、思わず沙耶もつられて苦笑いを漏らした。

「まー、勢いがあったし、ねぇ?」
「はは、ひでーなー…」
「いやぁ、あれは強引以外の何ものでもなか……綱吉?」

視線を綱吉に戻すと、すでにこちらに背を向け、教室から出て行こうしており、私は思わずその背中に呼びかけたが、止まる様子も無く、酷くあっさり教室を出ていった。

「………?」

自分で聞きに来たくせに…と、沙耶は訳も解らず首を傾げたが、横をちらりと見れば彼もまたうかない表情を浮かべており、心配になり問いかけたが彼がその問いに答えてくれることはなかった。

それから暫く綱吉とは、お互い会話をする事もなく日々をすごしていた。といえば聞こえはいいかもしれないが、気まずさから私は綱吉を避けていたし、綱吉も私に必要以上に近づいてくることはなかった。

しかしある夜、話があると電話で呼ばれて綱吉の家に行くと、真面目な顔をした綱吉の横には赤ん坊がおり、いくら私が聞いても頑なに答えてくれなかった今後(将来)の話を、綱吉は意図もあっさり話してくれた上に、既に大学進学を決めていた私に、一緒に付いてきてほしいと懇願したのだ。

「・・・は?」
「・・・だから、一緒に来て、欲しいんだ」
「いやいやいや、ちょっと待ってよ、そんないきなり言われても・・・」

これには流石に驚いたし拒否もしたのだが、小さな赤ん坊の手によって、私はイタリアの大学に留学することになっていた。
これは人生の中で一番驚いたかもしれない。
拒否権と人権はどこだ…と、沙耶も最初こそ嘆いていたが、話をしてくれた綱吉に免じて数日考えた後その話を受けたのだ。
もちろんこの時、綱吉への恋心が無かったかと言われればそんな訳もなく、結局のところは一緒にいられる喜びもあったのだ。今考えると我ながら馬鹿な事をした。
そうして私は、今の今まで綱吉との距離感を縮めることも離すこともできず、ずるずると延長戦を生きてきたのだ。


****


「そういえば、沙耶はいつ位までこっちに居られるの?」

友人の言葉に、飛ばしていた意識を戻す。友人は不思議そうに首を傾げていたが怒ってはいないようなので、会話が途切れていたわけではなさそうだ。

「そうだなぁ・・・実家にも行きたいから、1週間くらいかな?その後は旅行しつつ、気に入った国で腰を落ちつけるつもり」
「・・・え?仕事は大丈夫なの?」
「あぁ、仕事を辞めてきたのよ。高給取りだったから暫くは困らないし、今まで長いお休みって無かったから、いっぱい満喫するつもりよ」
目を丸くして驚く友人に、苦笑いをしながらあっさり告げれば、「職場で何かあったの?」と心配された。

「・・・何も。何もないから辞めてきたのよ。」

そう、何もなかったのだ。
未来を期待することにも、彼の言動に一喜一憂することにも疲れてしまった。
綱吉はあれから恋人が数回変わり、私もそれなりに綱吉とは別の恋人と時を過ごしてきた。
その行動が、自分はまだあの時のままなのだと思い知らされる度に泣きたくなったが、心の寂しさを埋めたくて止めることができなかったのだ。

「待っていても始まらないから、自分で新しい幸せを見つけに行きたいのよ」
「沙耶・・・」

高校卒業一週間前に、お試し期間を終えた彼とは話をしてお別れした。
周りから騒がれるのも嫌だったので、お互い分かれたことは伏せて友達になろうと言ってくれた彼の優しさに、罪悪感が込み上げて涙がこぼれた。
「ごめんね」と呟けば、「卒業前に告白できて、ちょっとの間だけでも思い出ができただけで、嬉しかったよ」と言われてしまい、私は「ありがとう」と言うしかなかった。
次に付き合った人も、頭を優しくてなでてくれる手が好きだったが、恋愛として好きになることはできなかった。
そうして付き合いを重ねても、綱吉は私に何か求めてくることはなかったから自棄になっていた。

綱吉の近くに居たら、自分は変わることができない。本当ならあの時、一緒に行くことを拒まなければならなかったのに、ぬるま湯であるが故、心地よすぎて出ることができなくなってしまっていた。

「それにしても、思い切ったことしたわね〜、上司も驚いたんじゃない?」
「・・・うーん・・・引継ぎは少し前からちょっとずつしていたし、退職願は上司が居ない間にデスクに置いてそのまま辞めてきちゃったのよね」
「うわぁ、本当に思い切ったことを・・・」
「うん、今頃呆れているかもね」

でも、それでいい。
呆れて、嫌ってくれるぐらいじゃないと踏ん切りがつかない。

「じゃあ、こっちに居る間にまた遊びにきてよ」
「うん。」

身支度を整えて、玄関の扉を開けると友人に笑って別れを告げる。
チェックインしたホテルに戻ろうと来た道を戻り始めたところで、視界の端に映った黒い影が凄いスピードでこちらに向かってくる。

「―――…沙耶っ!!」
「えっ?」

沙耶は目の前でゼーゼーと息を切らせている人物に驚きの声を上げた。

「つ、綱吉!?」
「っはー、はっ…げほっ!」

先程まで話題に上がっていた人物がいきなり目の前にいる。しかも、ここ数年見たことも無かったような綱吉の様子に沙耶は驚きを隠せない。

え、大丈夫?と思わず一歩近づいた瞬間、綱吉は私の手首をグイっと掴み一気に距離をつめた。
転ぶことは無かったものの、少し呼吸を整えて汗を袖の裾で拭うと綱吉は、捲し立てるように沙耶に向かって怒り始める。

「何でっ!!どうしていきなり、こんなっ!」

そんなのこっちが聞きたい。何でここにいるの。イタリアからここまで何時間かかると思ってるの。仕事はどうしたの。隼人は何やってるの。

「どう、して…」

綱吉がここにいるの。やっと搾り出した言葉は綱吉の質問に対する回答ではなかった。

「出先から戻ってみれば沙耶は居ないし、デスクには退職願があるし、部下にはもう仕事を引き継いでるし、みんな沙耶の行き先も知らないって言うし!部屋に行ったら蛻の殻だし!連絡は繋がらないし!」

これは沙耶の質問に対する回答というより、自分の気持ちを吐き出しているだけに過ぎない。

「綱吉…」
「ヤだ、絶対。嫌だ!こんなの、絶対に受け取らない!」
「………っ」

私がデスクに置いてきた退職願をグシャグシャに握り締めながら、怒りの感情を自分に向ける綱吉に沙耶は息を詰まらせる。一歩離れようとした沙耶に、綱吉は勢いに任せて沙耶の腰に腕を回し、そのまま唇を呼吸ごと奪う。

「ぅ…んっ!…っ」

貪る様に口付けられ、思考が一気に飛んだ。何これ、何がどうなってるの。

「放、して、つなっ」
「沙耶っ、はっ…ヤだ、手放したりなんて、する もんか!」
「つなっ、」

こんなの、ただの駄々っ子だ。
ずるいずるいずるい。綱吉はずるい。どうしてこんな時ばっかりこんな事をするの。
きっと仕事は全部放り出してるに違いない。下手したら隼人もここにいること知らないかも。この短時間でここにいるって事は、飛行機じゃなくてジェット機を使ったに違いない。ボンゴレファミリーのボスが、何やってるのよ。

今まで一度だって、こんなこと私にした事無いくせに。
諦めることさえ、させてくれないの?

…あぁ、もう駄目だ。

私はやっぱり、綱吉が好きなのだ。

抱きしめる力を緩めることなく、思いをぶつける様に口付に、ついに沙耶からはポロポロと涙がこぼれるようにして頬を伝う。

綱吉に胸に手をつき、呼吸の合間に唇が離れた瞬間に顔を下げた沙耶は、綱吉の肩に額をつけて顔を隠した。

「っ!あ、…沙耶」

拒まれたことにより我に返った綱吉は、自分の体を伝って聞こえる嗚咽に、両手で閉じ込めるようにして沙耶を抱きしめ直すと、まるで少しでもお互いの隙間を埋めようとするように沙耶の頭に自分の頬を擦り付ける。

「…ごめん、ごめん沙耶。オレ、お前がオレの傍に居なくなるって考えたら、居てもたってもいられなくて。…どうしたらいい?どうしたら、沙耶はオレの傍に居てくれる?」
「……なんで、今更っ…」
「好き、なんだ。ガキの頃からずっと、本当はずっとこうしたかった…恋人がいるならせめて少しでも近くにいたくて。ズルしてでも沙耶に、傍に居て欲しくて…」

溜めてきた思いの丈を吐き出すかのように話す綱吉に、沙耶は言葉と表情からその感情の深さを感じた。ズルとは恐らく、高校の頃にでた留学話がそうだったのだろう。
リボーンが「お前らは、バカだな」とよく溢していた言葉も今この瞬間に理解した。

あぁ、本当に私たちは、なんてバカなんだろう。
私たちは少しも、大人になんてなれていなかったのだ。

「…高校の時、綱吉に彼女できたの、ショックだったの」
「っ、あれ、はっ…」
「だから、その寂しさをどうにかして埋めたくて、私も彼氏作った。」
「………っ」
「でも、うまくいく訳がないのよ」

視線の先にはいつも綱吉がいて。目を逸らしても、心まで逸らすことなんてできなかった。

「ホント、馬鹿だわ」
「沙耶…」

綱吉の胸元に置いていた手をそのまま伸ばして綱吉を抱きしめ返すと、沙耶は隠していた顔を上げる。少し涙目になっている綱吉と、涙でグシャグシャになっているであろう自分を想像して、笑いがこぼれた。

「…私、綱吉が思ってるほどイイ女じゃないわよ。嫉妬深いから自分以外に女がいるなんて嫌だし、寂しがりだし、ワガママだし…すぐ泣くし。」
「寂しがりなのもワガママなのも泣き虫なのも知ってるよ。そんなところも可愛いって思ってたし。でも、嫉妬深いっていうなら、きっとオレの方が嫉妬深いよ?」

ホント、オレたち馬鹿みたいだ。と沙耶を見つめながら笑う。
そっと抱きしめていた片方の腕が沙耶の頬に触れると、沙耶は自分の手を重ねた。

「…好きだよ、沙耶。ずっと、オレの傍にいて。もう、離れないで。」
「…うん、私も綱吉が好き、だよ。離れたくない」

まるで動き出した二人の時間を祝福するかのように、優しい風が二人を撫でると、求めあうように、今度はどちらともなく瞳を閉じて唇を重ねた。


END


(リボーンさん!うまくいったみたいです!)
(…いつまでたっても世話の焼ける)